手話の魅力

手話初期コースに通い始めて8週目。欠席したのは、出張でどうにもならなかった2回だけである。我ながら真面目なものだ。そして少しずつ内容が高度になってきたところで、手話の「面白さ」にも気付いてきた。

手話というのは「言語」である。文法もあるし、活用もある。方言だってある。しかし、文字言語、音声言語と大きく異なっている点があって、何より「コミュニケーションの手段」に特化している点だ。それは「伝わりさえすればよい」という「潔さ」に繋がる。

たとえば。今日の授業は「住所」の表現で、宮崎県内の具体的な地名の表現方法を練習した。その事例のひとつに「宮崎県・西臼杵郡・高千穂町」の表し方が出てきた。ここで、聾者の先生がハタと困ってしまった。「西臼杵郡」の表現が出てこないのだ。いや先生によれば「ない」のだという。んなばかな!

先生曰く、「県」や「市町村」という単語は、日常会話で頻出するので「手話」が存在するが、「郡」は、特段の必要がないから存在しない、というのだ(本当かどうか分からずじまい)。結局、「西」+「臼」+「郡」という単語の組み合わせで十分わかるから、今日はこれで覚えるように、ということになった(笑)。ああ。なんて自由なんだ。

もっと面白かったのは「椎葉村」。人さし指と親指で輪をつくって頭に当てると、それが手話の「椎葉村」。理由がふるっている。ーかつて椎葉村出身の椎葉さん(聾者)に、十円ハゲがあったから。ヒドイ(笑)。「おう、ハゲ!」と手話で呼んでいたのが地名になってしまったという凄いエピソードだ。

そう考えると、文字言語ってとても窮屈だ。文章だけで細やかなニュアンスを表現するには特殊な技術が必要になる。たとえば「宮崎県の魅力」って「おいしい食」「自然・太陽」「神話・パワースポット」というあたりにほとんど集約されるのだが、だからといって、県のキャッチコピーとして表現するのは容易ではない。→って、コピーライター的才能のない自分は、仕事がはかどらないのを言語そのものの「せい」にしたくなる。

さてさて。手話言語には、こんな風にまるで「謎解き」しながら覚えていくような快感がある。ガンガン覚えていこう。

【2011.06.06 mon】
・ゆるキャラ研究一筋、な一日。
・読み残しのワンピース36-40,君に届け7-9。

【2011.06.07 tue】
・会議資料を黙々と作成。ちょっと膨大になってきたな。整理しなくちゃ。
・手話教室。竹下先生。