聴覚・難聴の最近のブログ記事

ハナ社長。いよいよ小学校に進学である。

近所の普通学校、ろう学校など、いくつかの選択肢で悩んだ結果、難聴児のための「きこえの教室」が併設された普通学校に進学することにした。ろう学校ほど十分な教育体制があるわけではないが、家族が無理をしすぎない範囲でのベターな選択なんだと思う。

今日、事前に学校側と打ち合わせをした。「きこえの教室」のT先生のご尽力もあってか、こちらが恐縮するほど、彼女にための環境が整えられていた。なんと言っても、ハナ専属の補助職員が配置されることはありがたい。常時、彼女と並んで座り、ノートテイクなどをして、学習をサポートして貰える。理解度もチェックできるので、大変助かる。

また、メンタル面のサポートとして、すでに高学年の児童たちによる「サポーター」を組織して貰っているそうだ。サポーターのお兄ちゃんお姉ちゃんは、指文字を覚えてくれていて彼女の入学を楽しみにしてくれているのだという。もう、感謝するやら感激するやら。

打合せの最後、担任の先生からの一言に涙が出た。

「おとうさん、わくわくしますね」

聞こえない以外は、普通の子なので、入学というのは「わくわくすること」なのだ。ここのところ、不安感も強くなっていたところに、この言葉は素直に嬉しかった。そうですね。もっと「わくわく」して入学を待ちましょう。本人もすごく「わくわく」しているんだから。


とはいえ。どうしても「わくわく」できないのは出費の方で(泣)

一番大きいのは、補聴器を最新型のものに買い替えること(今はレンタルして試用中)。このタイプは、FM波対応となっていて、先生にFMマイクを付けてもらうと、その声をダイレクトに受信することができるのだ。これって片耳だけで、大学生の初任給ぐらいする。市の補助制度が活用できれば助かるんだがなあ。

あと、デジタルピアノも買ったし、ピアノ教室も通うことにしたし、ふー。

[memo]
・終日年休。
・医大へ。検査と補装具用の意見書を書いてもらうこと。
・ブラザー理容。母親にナナメカットされた前髪を揃えに。吉牛でランチ。
・メディカルジャパン。補聴器の電池が異常に早く切れる件。
・イオン。時間調整で本屋へ。
・宮崎小学校。ファミサポのスタッフと一緒に。校長、担任、補助員、T先生交え顔合わせ。
・通学用に新たに借りた駐車場の手続。
・Aスポへ支払い。給油+洗車。珈琲。夕食の買い出し。
・夕食はカレーと新タマネギサラダ。

コケコの会

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難聴児をもつ親が集まっての親睦会。

都城さくら聴覚支援学校(旧ろう学校)が実施している育児相談教室「ぴよぴよ」。これは都城の幼稚部の名称「ひよこ組」にちなんで付けられたもので、月に数回、さくらで実施されている幼児プログラムの一部を実践して貰っている。今日はその「ぴよぴよ」に通う親たちが集まっての、はじめての親睦会だった。

宮崎県は、なぜか県央部にろう学校がない。人口の半分が住んでいる地域なのに、学ばせる学校がないというのは、たまたま難聴となった子やその親にとって、とても厳しい現実である。

ただでさえ、宮崎県は、難聴児教育が遅れている。というのも、ネットワークの核となるべき、宮崎大学医学部が先進的な医療を取り入れず、旧態然とした「口話法教育」から脱却できていないからで、福祉機関・教育機関との連携も全然進んでいない。

医療というのは、トップに立つ人間が立派であれば、どんどんと進化するものだが、逆に、トップが腐っていては、一歩も前に進まない。難聴ということでも大きなハンディなのに、宮崎県の県央部に住んでいると更なるハンディが生まれる。大変っちゃあ大変である。

しかしまあ、お陰様で、本当に力になってくれる教師や、遠くから支えてくれる都城ろう学校に出会えたことはラッキーであるし、今日の懇談会で、悩みを分かち合える仲間ができたこともラッキーである。前を向いていきましょう。

ということで、親の会の名前は「コケコの会」にしたいと思います。「ぴよぴよ」の親だからね。なんとなく会長やらされそうなので、命名してみた。

[memo]
・ハナ社長の発表会。保育園最後のビックイベント。インフルエンザで十分な練習ができなかったので、合奏もトチったし、歌もちょっと忘れていたけど、踊りはしっかり踊れたし、ニコニコと楽しそうだったので、マル。
・Wジジババも一緒に「百姓屋」でランチ。
・Sクリニック。やはりの結果。
・帰宅し、読み残しの「ドラゴン桜」(5)(6)。
・TSUTAYA。
・「柚子庵」にて、難聴児をもつ親の会。

ケータツの動揺、親の動揺

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夜、ケータツに「妹は同じ学校に行かない」旨を告げた。

ハナの就学にあたっては、高度難聴という障害から、聴覚支援学校(旧ろう学校)、「きこえの教室」が併設された学校、地元の小学校、という3つの選択肢があった。

教育環境としては、聴覚支援学校がベストである。専門の先生がいて、専門の機器が備えてあり、同じ境遇の同級生がいる。しかし、我が家からは車で片道1時間(高速利用の場合)、バス利用なら何度も乗継いで2時間はかかるのだ。つまりは、家族全員でその地に引っ越さなければならない。ぼくと家人の仕事への影響も甚大だ。つか、事実上は不可能に近い。

一方、歩いて10分のところにある地元の学校は、初等教育を受けるには、相当厳しい環境だ。専門の先生が一人もいない。マンモス校。専門機器は何一つ置いてない。とてもじゃないけど、ハナが、通常授業についていくことはできない。

...ということで、積極的ではないが、よりベターな選択肢として「きこえの教室」が併設された学校というのが最終的な選択となった。この学校なら、担任ではないけれど、専門の先生がいて、毎日ケアしてもらえる。担任へのアドバイスも期待したいところだ。ある程度の専門機器も備えてある。そして、何よりぼくの職場から徒歩5分の距離。いつでも駆けつけられる。

市教育委員会、発達支援センター、ろう学校などとも協議を重ねて、出した結論である。もう覆ることはない。

...そこで、今度は、ケータツに、二つの選択肢が与えられることになった。

1)今まで通り、地元の学校に通う(妹とは別の学校となる)
2)妹と同じ学校に転校する

親としてみれば、何かと心配事の多いハナに対して、兄であるケータツのサポートは欠かせないものと思える。同じ教室で過ごすわけではないが、兄が同じ学校にいる、ということはハナにとって、どれだけ安心なことか。ケータツ自身も協調性があるので、転校してもすぐに友達もできるだろう。(ちなみにぼく自身、小学校を3箇所通っているので、経験上、転校などたいしたことはない...と思っている)

でもまあ、本人の気持ちも大事だ。以上の事情をこんこんと説明し、できるだけ軽い感じで「決めるのは先でもいいんだ。ゆっくり考えてみなさい。」と言ったところ、ケータツから強烈な一言を放たれた。


「ぼくは、友達か、妹かのどちらかを選ばなくちゃいけないわけね」


...そういうことではないのだが、結果としては、まあそういうことだ。8歳にはツライ選択だったか。むしろ、親が問答無用で決めた方がよかったのかな。うーむ。

[memo]
・休みの朝の、子供の目覚めの早いこと。もちろんバトスピ(7:00〜)を見るため。
・雨の中、急遽「飫肥城下祭り」を見に行くことに。間瀬田の厚焼卵、飫肥天、喫茶「園」のチキン南蛮。子供らは相変わらずのポテト...。どのイベント会場でも同じものばっかり食べやがって。
・帰りの車の中で「サンデーソングブック」。08-09のライブ音源から。オープニング4曲、ドラムソロがかっちょいい「Bomber」。そしてラスト「downtown」。
・県立図書館へ。子供らが本を借りている間に「キネマ旬報」「ユリイカ」を立ち読み。
・家の掃除。
・たまったバラエティ番組とか(くだらないのばっか録ってるし)。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

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ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。

東京に行くたびに、チャンスを狙いつつ、なかなか行けてなかったこのイベントにようやく参加してきた。暗闇のなかで音を感じるイベント。案内役は視覚障害者。...予備知識はそれだけで、具体的な内容はほとんど知らなかった。

...で、知らないで正解。

単に光をなくし、音を感じるだけのイベントではない。極論を言ってしまうと「人の存在って何なのだろう」ということを強烈に突きつけられる。

五感...という言葉があるように、人は見て、聞いて、触って、嗅いで、味わって、情報を入手する。そしてその5つの情報から総合的に物事を認識し、判断する...ハズである。しかし実際はそうではない。五感は平等ではない。

視覚情報は、脳がインプットする情報の8割とも言われる。つまり、人は、「見た目」にものすごく左右されているのだ。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」では、その主たる情報源を閉ざしてしまう。残された「四感」で、人はどのような情報処理をするのだろうか。そんなことを再発見するイベントなのだ。

さて、我が娘は聴覚障害者である。主たる情報源である「光」は十分に受け止められる。しかし、彼女はその次の情報源である「音」を十分に感じることができない。脳が受け取る情報としては、わずかに1割程度が不足しているだけだ。しかし、「音」は主にコミュニケーションを司る情報なのである。つまり、わかりやすく言うなら、彼女はこの「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に参加することはできない。そんなことを再確認した。

...な-んてかくと、「うわー、なんだかめんどくせえ」と思っちゃうかもしれないけれど、実際には、とても楽しいイベントである。

何度も大笑いしながら、わくわくと過ごす90分だ。そのうえで、中身は深い。このイベントを考えついた人はとても素敵だ。障害を実感しつつ、単に「疑似体験」に留まらずに極めてフラットな意識を芽生えさせる。ぼくらはこんなにも豊かな「四感」を持っていたのか、と驚く。もちろん、イベントが終わって「光の国」に戻ってしまうと、視覚の情報量に圧倒されるのだが、「四感」を実感することはとても素敵だ。

現在は、単発イベントのようだが、なんとか常設に繋げてほしいと思う。今度はケータツをつれて夏バージョンの頃に参加しよう。「ネズミーランド」に5,000円払うよりよほど豊かな体験ができるのだから。

それと。個人的な要望として「サイレント・イン・ザ・ワールド」的なイベントのありようも考えてほしいな。楽しく可笑しく、でも、ちょっと自分の世界が広がるようなイベントを。

本日の案内役はちーちゃん。ありがとう。参加者。ねえさん、えりりん、なおちゃん、あやぱん。

<memo>
・品プリ。ハプナ。
・東京。T社。六本木。K社。池袋。F社。新宿。K。
・THE OUT LINE(21_21 DEGIGN SIGHT)。
・宮本製麺所。麺が美味しくないよ(釜玉)。
・MomaShop。はじめてモールスキンを欲しいと思った。
・ダイアログインザダーク。

保育園最後の運動会

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ハナの保育園最後の運動会。そしてぼくら親にとっても保育園最後の運動会。欠席した年もあったけれど、今回で7回目の運動会。いよいよ見納めである。

思い返すと、難聴が災いしてか、入園してから、運動会でも発表会でもずーっと指を加えてぼんやりしていたハナである。でも、2年前の年少さんの運動会で、はじめてダンスを踊った。熱が出ていてふらふらだったのに、一生懸命に「いち、に、さん、し、おにぎりり〜」と踊った。泣いてしまってちゃんとビデオに撮れなかった。

あの運動会以降、発表会でも、何するでも、一人前になんでもこなせるようになった。会話能力は3歳児程度だけれど、難聴以外はまったくの健常児なのだから当たり前ではある。今年は竹馬にも上手に乗り、何種類ものダンスを踊り、器械体操もキチンとできた。なんとプラカードレディ?もつとめた。えらいえらい。

そして、何よりどんな種目も笑顔でやっているのが、親的には「きゅん」とくる。ダンスも笑顔、器械体操も笑顔。かけっこでは外に大きくふくらんでしまい、ダントツのビリだったけれど、ずっと笑顔だった。楽しそうな娘を見ているのは幸せなことだ。

お父さんも張り切って、いろんな競技に出場した。騎馬戦やリレーはもちろんのこと、園長に頼まれて大漁旗を持って走ったりもした。こんなに親も子も出ずっぱりな運動会、楽しい楽しい運動会は、もうない。ラスト運動会を思い切り堪能した。これから残りの行事も、たっぷり楽しんでいこうと思ふ。

=プログラムのうちハナの出場種目=
・園児入場(プラカード係)
・組体操(ブリッジ、Y字バランス、開脚バランスなど)
・かけっこ(4人中4位(笑))
・表現(火の用心)
・得意競技(竹馬)
・リズム(ワッショイ江戸の花)
・親子団技(騎馬戦)*
・親子リズム(ちっちゃな王様王女様)*
・リズム(チアガール)*
・リレー(抜かれた...)
・保護者ゲーム *
・保護者リレー *

*印は親(ぼく)も参加したもの。

<memo>
・運動会。5時半起床。6時半から会場設営・場所取。両ジジババ参加。
・終了後、疲れ切ってしまい、2時間ほど昼寝。夕食後も気力がわかず録画した「再生の街」「世田谷ベース」など。

職場の理解と協力

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我が娘・ハナ社長の入学まであと半年となった。

難聴で耳からインプットされる情報が圧倒的に少ないため、いまだに3〜4歳児レベルの会話能力しかない。これから小学校に入学して、授業についていくためには、日々の地道なトレーニングを重ねて、ひたすらボキャブラリーを増やしていくしかない。

現在は、4つの機関で言語指導等を受けている。小学校の「ことばの教室」、聾学校の療育相談、発達支援センターの言語指導、大学の音楽療法である。音楽療法以外は、親自身が「日頃の訓練方法」について指導を受けるので、必ず付き添いをしなくてはならない。

そこで、家人と協力して、平均して週に1回程度、2時間程度の時間休を取ることになる。どちらの職場も、とても協力的で、仕事に差し支えない範囲で、無条件に休みを取らせてくれる。ありがたい。

...とはいえ、家人が行けない場合や、機関側の都合で日程が変更になったりすると、立て続けに指導日が重なることがある。ここのところ3日連続でぼくが行くことになり、実質半分くらいしか職場に行けてない。さすがに、そういう日が続くと、思いっきり仕事に支障がでてくる。同僚にも負担がまわってしまう。自分でフォローできないというのは実にもどかしい。申し訳ない。

だけども、あと半年間は、娘のためにわがままを通させていただきたいのだ。仕事で迷惑をかけた分は、数日のうちに、取り返すから(たぶん)。ホント、すまんこってす。ごめんねごめんね〜。

<memo>
・「生きるコント2/大宮エリー(文芸春秋)」★★★。ちょっとなー。
・朝、ジジババ来訪。ハナ社長を音楽療法教室へ。
・後輩と企画書について打合せ。祭の部長案件。決算書。
・午後2時間の時間給で発達支援センターへ。聴力検査など。
・ハナを自宅に連れ帰って、ケータツの宿題を見て、ハナのドリルをみて、それから仕事へ戻る。2200。

ハナ社長、開眼?

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ここのところ、ハナ社長の喋りがすごい進化中。会話になっている。

家人「あーおなかすいたー」
ハナ「はなちゃんも、おなかすいてないもん」
家人「はなちゃん"も"、すいてないの?」
ハナ「うん。はなちゃん、おやつ、おかわりしたもん。おなかいっぱい。」
家人「おやつは何だったの?」
ハナ「おそうめん」

まだまだ、ボキャブラリーは少ないし、助詞は間違えるし、表現もとても幼稚だけれど、自分の知っている言葉を駆使して、言語のコミュニケーションとして成立している。これまでなら、「おなかがペコペコなの?」「おやつは何だった?」「パン? バナナ? ぶどう?」などという具体的な誘導を駆使しながら、「どうしてお腹が空いてないのか」を聞き出さなければならなかった。ヘタをすると「お腹が空いてない」ということを聞き出すのにも苦労しただろう。そのぐらい、ハナ社長とのコミュニケーションは難しかったのだ。ほんの数週間前までは。

コレというキッカケがあったわけではないが、聴覚障害の子たちとの交流があったり、あるいは我々のコミュニケーションの姿勢の変化などが、徐々に積み重なって、彼女のなかで、「言葉」として理解できていなかった部分に、新しい回線がバババっと繋がって、今、まさに「言葉」に目覚めつつあるような気配である。わくわくするなあ。

<memo>
・出張準備、役割分担、AKプロジェクトの件、Y社の進行状況、日和。
・スーツの受取。
・ホワイト一家がシーに行くというので、ランドに住んでいるS嬢から「詳し過ぎる回り方」を聞いて伝言。聞いてるだけで、うんざり。

ハナ社長の進学相談

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ハナ社長の小学校進学は、とても悩ましい問題だ。

1)近所の公立小(ケータツが通っている)
2)市内の「きこえの教室」がある小学校(きこえの相談中)
3)車で1時間以上離れた聾学校小学部(きこえの相談中)

学校自体の選択肢は、この3校だけなのだが、これに「学校側からどんなサポートが貰えるか」「ケータツを転校させるかどうか」「そもそも学校区の近くに引っ越すべきではないか」...といった別の検討要素が組合わさって来る。かように、ハナ社長の進学は、彼女一人のことだけでは済まされない我が家にとっての大きな課題となっている。

しかし、その原因は、情報のひとつ(音)を受信する機能が不十分なだけなのになあ。たった一つの機能が足りないだけで、「彼女に見合った教育環境」を準備するのはとても難しくなってしまう。たぶん、絶対的な正解はないし、実際その選択が正解だったかどうかはある程度時間がたってみないとわからないのだろう。

とても悩ましい問題ではあるけれど、どんな学校を選択したとしても、彼女にとっての「大正解」に導くためには、結局は、親であるぼくらが頑張るしかないのだ、とも思う。頑張らなくっちゃね。

...なーんてな人生を賭すような大事な話をした2時間後。ビヤホールの舞台で、赤白帽をかぶって体操服にデカパンをはき、「やあみんな。体操のお兄さんだよ。全然恥ずかしくなんかないんだよ。もうすぐ43歳だけどね(はあと)」といった汚れ芸をやってますた。社会人って大変だよね。

<memo>
・年休。
・家族で、聾学校へ。幼稚部に通う子供と親の交流会。難聴の程度は様々だけれど、健常ではない子を持つ親の悩みは共通である...ということを心から理解する場。世の中にもわかって欲しいけれど、まずは自分たちが理解し合うことが大事。子供らは、ヨーヨー釣りに、ボーリングゲームに、紙コップロケットをつくって楽しいひと時。流しそうめんで腹一杯。
・午後は「きこえの教室」にて相談会。家庭でのトレーニング方法、補聴器の調整、進学の相談など、1時間程度の予定が、たっぷり3時間もの相談。担当のT先生にはどれだけ助けられたことか。頭があがらない。
・職場に顔を出し、メール等のチェック。
・職場の交流イベント。玉入れ。我がチームは3位。2部は「アサヒルミネ」にて。トリをつとめた体操の先生は、一応ウケたっぽい。社長から「勉強になります」とお褒めの言葉を。勉強してください。ただ、もうちょっと「ひょっとこ」をいじればよかった...と深く反省。

寮育キャンプ

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言語に障害をもつ子供たちのための「寮育キャンプ」に初めて参加してきた。障害児とその家族が1泊2日で、ワイワイと楽しい時間を過ごす...というだけでなく、悩み多き親たちの相互の情報交換の場として設定されたイベントなのである。言語専門の大学教授も相談員として参加頂いて、日頃の言語指導の在り方を丁寧に指導頂いた。

だが、何より嬉しかったのは、ある少年と出会えたことだった。それは、小学生のタカオ君(仮名)。障害の程度はハナ社長よりもやや重い。なのに、かなり流暢にお話ができるのだ。ボキャブラリーが豊富なこと、相手の口の動きをしっかり読み取れることで、会話の理解度が高いようだ。ぼくらと話す言葉も、サラリと聞く分には、違和感がほとんどない。

なんだかこの子に出会えただけで、我が子の未来に大きな光が差したような希望を感じることができた。これがまた性格もとてもいい子で、素直に「ハナ社長も、こんな風に育ってくれたら」と思わずにはいれなかった。ありがとうタカオ君。

また、ケータツにもいい影響があった。手話も上手に使えるタカオ君を見て「すげー。かっこいい」と言い出したのだ。そうそう。手話を使えることはかっこいい。言語以外のコミュニケーション技術を持っているということなのだから。お父さんも頑張って覚えまふ。

<memo>
・体調悪し。朝食後、しばし横に。実家の親父がお祝いと野菜を持参。
・モスでランチを食いつつ、青島へ。
・あいにくの雨。オリエン、部屋割、カレーづくり(火起こし)、風呂、会合(副会長)。

ハナ社長、4級認定。

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身体障害者手帳の更新手続きによって、ハナ社長は、障害の認定が6級から4級へと昇格(?)した。前回の認定時(2年前)、彼女はまだ3歳で、十分な判定ができず「とりあえず」6級としていたもので、今回の4級認定が一応の基準になる。

「聴覚」にかかる身体障害者の認定は、最重度で「2級」。まったく聴こえない人(聾者)でも「1級」には認定されない。一方で、心臓疾患のうちペースメーカーを付けている人は「1級」である。もちろん、ペースメーカーによる生活は、大変な不自由を伴うものであるのは承知しているが、制度を設計した人は、聴覚障害者っつーものの、日々の苦労や日々の制限事項が全然わかってねーよな、と思う。ま、国の制度なんて所詮そんなもんだけども(諦)。

それでも、この障害の等級が「2級」「3級」だと、「重度」の身体障害者という扱いになって、さまざまな補助メニューが用意されているのだが、「4級」は対象外。つまり、ハナ社長は、障害が「やや軽い」ため、ろくなフォローもない状態というわけだ。ドクターからも「3級にしてあげたい」と同情されたぐらい。「もう少し障害が重いとよかったのに...」って言われる制度ってどうよ。

まあ、いいのだ。かえって腹が座ったよ。国にも頼らないし、制度にも期待しない。世の中がどうであろうが、障害があろうがなかろうが、自分の子供のことを考えるのは親の務めだからな。ハナ社長、4級。了解した。君には、君なりの輝かしい生き方があり、ぼくはそれを全力で支えるというだけだ。おとうさんも頑張るからお前もガムバレ。

...というよな強い決意をしている父の横で、鼻水の薬が苦いとか言っていちいち「うえー」とか文句言ってんじゃねー。さっさと飲んでさっさと寝やがれ。

<memo>
・総合Pの企画打合せなど。
・午後年休。「CASA MY」でランチ。ハナ社長を耳鼻科へ。初鼻洗い。全然できないでやんの。少しは呼吸が楽かな。発達支援センター。耳鼻科ドクターとの面談。
・Foodaly青葉店で買い物。帰宅後、夕食の準備。ポテトとツナのバーグなど。
・「蛇イチゴ」★★★。若干28歳で、この脚本を書き、この作品を撮った西川美和監督。無駄がなく、すべてに意味があり、作品を完全にコントロールしている。凄いな。また、役者陣全員が達者。彼らの怪演で、この珍妙な映画がより不思議な輝きを放っている。大谷直子すげー。でも、やっぱりエンディングが嫌いなんだな。映画にある程度の余白は必要だけれど、この大胆すぎる余白の投げかけは何なんだ。28歳で、どうしてここまでできるのか。

絵日記〜言葉の掛かり湯〜

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外国語を習得するには、その国でしばらくの期間滞在し、思い切り「言葉のシャワー」を浴びることが、もっとも有効な方法のひとつである、と言われる。言葉というのは、ひたすらどっぷり浴び続けることで、「耳から脳へ」「脳から身体」へ浸透していくのだ。

「難聴」という病は、そのシャワーの栓がぎゅっと閉じられている状態である。言葉が「しょぼしょぼ」としか降ってこない。高度難聴である我が娘/ハナ社長は、そういう「水不足」な環境にあるわけだ。となれば、なんとか横から手桶で「言葉の掛かり湯」をかけてやらなければならない。

「言葉の掛かり湯」の方法として「絵日記」がある。その日にあったことを、「絵」と「文字」で書き記すことで、「映像」と「言葉」をマッチさせていくのだ。毎日毎日、積み重ねていくことで、わずかな「掛かり湯」であっても、着実に「"目"から脳へ」「脳から身体へ」蓄積させるのだ。

その「絵日記」は、誰が書くのか。もちろん、親である。そしてもちろん、ぼくである。毎日かー。ブログの更新ができるんだから、絵日記もできるよなあ(と自分にプレッシャー)。頑張ってみるよ。

<memo>
・日和11、総括、部長との懇談。
・夕方年休とって発達支援センター。B先生からタナカ先生へ引き継ぎ。
・「寿司虎」。久々にいったら、なんか普通。ジジババ、ケータツ、ハナと。
・「ペイルライダー」★★★。クリントイーストウッド。渋い。渋過ぎる。ストーリーはもう鉄板モノなのだが、唯一、友人の恋人と「え?どうなったの?」というヒネリが入るところがイーストウッドらしさか。まあしかし、西部劇という設定自体がピンとこないなあ。
「爆笑問題のニッポンの教養」を見た。とても深く、印象的な内容だった。今回は、福島智教授(東京大学先端科学技術研究センター)が議論の相手だ。

福島教授は、「障害学」を研究している。そして、教授自身、8歳で全盲、18歳で全聾となった重度の障害者である。全盲聾。視力もない、聴力もない世界とは、どういうものか。先生は「宇宙にほっぽりだされているような」と形容する。完全なる闇と、完全なる無音に暮らすこと。

ぼくらは、他人の存在を主に「音」や「映像」で感じている。また、他人の気持ちを「声」や「仕草」で感じとる。そうやってコミュニケーションを取っている。しかし、福島教授は、残された「皮膚の感覚」でのみ、外の世界と繋がっていて、「指点字」というメディアでのみ、他人とコミュニケートできるのだ。なんという高い障壁だろうか。


今回、太田が(あえて?)とても素朴で無知な質問をする。スティービー・ワンダーやホーキング博士を例に取り「障害があるからこそ、残された部分の能力が高くなるのではないか」という問いだ。

もちろん、この2人は「天才」なのであって、一般論としては成立しないのだが、障害者たちが、「残された能力」を伸ばさざるを得ない環境に置かれているのは確かだ。目が見えなければ聴力を、耳が聞えなければ視力に頼らざるを得ない。そこで考えたいことは、障害者たちは、なぜ「残された能力」を伸ばさざるを得ないのか、ということだ。

それは何より日々を暮らすために「他人とコミュニケートする」ことが必要だからだ。多くの人が「聴力+視力」を主な手段としてコミュニケートしている社会では、一方の能力が欠けると、さまざまなコミュニケーション障壁が生まれてしまう。他人とコミュニケートするために、視力を失った人は「より多く聞く」ことでそれを補い、聴力を失った人は「より多く見る」ことで補うのだ。

つまり、究極のところは「生きる」=「繋がる」ことなんだな。他人と繋がり、社会と繋がっていくことが、「生きる」ことなんだろう。...そんなことを改めて強く感じた番組であった。必見。

それにしても、「宇宙にほっぽりだされて暮らす」ことは、とてもしんどいことだな。「生きる」ことに辛くなったら、そんなことをちょっと思い出してみよう。

(再放送)
6月15日(月)午後3:15~<総合>。
6月17日(水)午前2:30~(火曜深夜)<BS2>


自分メモ。新「iPhone」は、高性能化の方向。ううむ。もう少し小形化することを期待したのだが。早く切り替えたい気分もあるけど、もう1世代待つかなあ。

シンフォニエッタは、ジョージ・セル指揮(クリーヴランド管弦楽団)のものが、「1Q84」公認(?)らしい。ぼくが聴いているのは「ラファエル・クーベルック指揮(バイエルン放送交響楽団)のもの。小説には、小澤征爾指揮のバージョンも記載されているが、さて、どれがよかったのだろう...。

<memo>
・祭用のぼり、うちわ等のコンペ。M社向け企画書。総合P企画書。祭HPコンペ集計。L社向け企画書。K社へお礼。
・家人が手話教室のため、ハナの迎え。園長と就学について相談。遅くなったので夕食はレトルト(子供は喜んでいたり...)。

知識の貯金

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いよいよ今日から中核学校に設置された「きこえの教室」へ。

就学を1年後にひかえ、ハナ社長の訓練も本格化しなくてはならない。担任のT先生と話しながら、これまでの経緯(いつ障害に気づいたか)などを整理する。面談するのはまだ2度目ながら、どこか厳然とした厳しさがにじみ出ているT先生への信頼度は増す一方だ。同じ障害を持ち、たくさんの生徒の成長過程をみてきた先生だからこその、厳しさ=優しさ、を感じる。そんな先生から、ぼくらの背筋がピンと伸びた言葉があった。

「障害があるからこそ、『たくさんの貯金』が必要なのです」

健常児と比べて、いろんな意味で、貯金どころか、借金まみれの状態にあるハナ社長だ。なのに、「たくさんの貯金」が必要なのだと先生は仰る。同級生の何倍も何十倍もの努力をして、たくさんの知識・経験を身につけることで、ようやく健常児と同じスタートラインに立つことができる。それが障害児、ということだ。ううむ。

でも、ぼくは意外に楽観視している。その厳しいステップをクリアしていくための環境は整っているではないか。お世話になっている機関は、「きこえの教室」、発達支援センター、聴覚支援学校(聾学校)、音楽療法と4機関に及ぶ。すべて「個別指導」だから、ひとつひとつの支援も手厚い。

保育園でも、いい意味で"特別扱い"だ。もちろん、甘やかす...のではなく、ハナにもわかるような視覚的工夫をしていただいているのだ。たとえば、「明日はスポーツの日だから体操着を持って来なさい」と言葉で言うだけでなく、ぬいぐるみに体操着を着せて、「明日はスポーツだ」ということを「見て」わかるようにして貰っているのだ。そんな日は、帰宅したハナは真っ先に「明日はスポーツ!」と叫ぶ。ちゃんと伝わっている。

こういう工夫をしていただいている担任の先生が、まったく自主的に「手話教室」に通ってくださっていることがわかった。家人と「はじめての手話教室」でバッタリ遭遇したのだった。ただでさえ忙しいのに、プライベートまで。なんという熱意。頭がさがる思いだ。

そして、もちろん、ぼくら親、ケータツ、ジジババがいる。言ってみれば、それらハナを囲んでいるヒトビト全員が、チーム「ハナ社長」なのである。んー。すげー。いろんなヒトにサポートして貰って、なんだかとっても偉そうだ、社長。

でもまあとにかく。お前が一番頑張れ。

<memo>
・歩き通。出勤後、小1時間仕事後、時間休をとって「きこえの教室」へ。「ことばの教室」「こころの教室」「ひかりの教室」の各先生とも。詳細なお話。厳しい指摘。
・台湾時間調整。祭調査。HP準備。
・歯医者。最後の歯の治療がようやく終了。
・義妹2号→1号経由で、三股のケーキを貰う。純生ロール。超素朴。んで美味しい。

保育園ラストyear

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今や小学校2年生のケータツが、1歳の頃からお世話になっている保育園。ハナ社長がこの4月に年長さんとなり、保育園にお世話になるのも残り1年となってしまった。

担任は、ケータツもハナも何度もお世話になったKお姉さんとCお姉さん。とても有り難い。ハナのことを一番わかってくれている2人だし、どちらもぼく好みの美女だし(うぷぷ)。8年間の間、ずっと、どちらかが、ケータツかハナの担任をしてくれていた。子供だけでなく、家族的に縁の深い先生なのだ。

年長さんは、何かと行事が多い。さらにハナの場合は難聴のフォローで聾学校などいろんなところにお世話にならなきゃ行けない。進学のことで教育委員会にも顔を出さないといけないだろう。うむ。今年は大変な1年になるだろうな。

でも、このお姉さん2人がいてくれたらダイジョーブ。去年は、ぼくらが学ぶのと同じイキオイで指文字なども覚えて貰った。プライベートで難聴教育の勉強会にも行ってくださった。この2人なら、親と同じ目線で見てくれるだろうという信頼感がある。うむ。ぼくら親も頑張ろう。なにせ美人だし(うぷぷ)。

<memo>
・午前中、過去の関係者をまわってブランディングPの資料&証言収集。状況は読めてきた。
・B長との初協議。しょっぱなに爆弾が投下。右往左往の某。情けない。堂々としよう。
・急遽宿題処理用務。結構膨大。うーむ。22:00。

ハナ社長の絵日記

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ハナ社長と暮らしていると、ヒトは耳からすごい情報を得ているということを痛感させられる。彼女をみていると、ひとつの単語がなかなかインプットされないのだな。もともと頭が悪い、という感じはないので(贔屓目でなく)、言葉の情報源としての耳の重要性があぶりだされている気がする。「読み聞かせ」などが重要なのは、音を脳に植え付けて行くという作業だからだろう。

まあ、そうはいっても高度難聴のハナ社長であるから、代替方法を考えるしかない。ということで今日から絵日記を書いてみることにした。ぼくが。

毎日は無理かもしれないけど、ハナ社長との時間を絵と言葉で記録し、それを繰り返し、読むことで、名詞や動詞だけでなく、抽象的だったり概念的な言葉を覚えて欲しいと思う。とはいえ、「昨日」だとか「想像する」だとか「きっと」だとか、言葉でも絵でも説明しづらい単語もある。どうやって覚えさせるんだろうなあ。サリバン先生、教えて〜。

ところで、この絵日記用に、裏写りしないProckey8色セットとかcopicとか買ってきたのだけれど、特に「copic」の方は、濃い色から淡い色までバリエーションに富んでいて見ているだけで楽しい気分になる。今日はとりあえず背景塗り用の淡い4色だけ購入。そういえば、西原理恵子は、こういうペンで色塗りしていたな。これかも。

うーん、これフルセットで欲しいなあ。ちなみに72色で18,900円。うわー高い。自分ではなかなか買えないや。もう一度言っておこう。自分では買えないけど、凄い欲しい(誰に言っているんだ)。

ciao_set.jpg
<memo>
・挨拶にいらっしゃるヒト多々。異動の季節。
・今年度の大きな方向性を議論。台湾どうしよ。
・今日からハナ日記をつけることに。
・「エリー@茅ヶ崎の海が好き/岩本えり子(講談社)」★★★★。つたない文章だけれど、ひとつひとつ思いが伝わって来る。桑田姉、ということを抜きには手を出さない本かもしれないけれど、読後感は岩本えり子伝以外の何者でもない。