2009年6月アーカイブ

美人という病

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美人も、ある一定のレベルを超えると、なかなか大変なことになるようだ。

仕事上で接する美人さんたちと親しくなって、プライベートな話を聞いてみると、「某テレビのアナから誘われた」だの「●●社長からお手当を提示された」だの、「オスという病」に冒された男どもから、執拗な攻撃を受けているらしい。なかには、相当な著名人もいたりして、「ええ!あの野郎がそんなことを!」と思わぬ世界を知ってしまったりもする。大変だなあ。

一方で、美人さんサイドでも、「美人という病」に冒されている人がいる。つまりは「私は美人」という前提にたって、「そんじょそこらの男ではつり合わない」とか考えちゃったりする病だ。その病にかかると、地位も立場も金もある「イケている男」でないと満足できず、でもそういう男には、いろんな女性が集まってくるわけで、相当に"醜い"バトルを繰り広げていたりするのである。なんだかなあ。

...という話から、寺山修司のエピソードを思い出した。一時期、寺山と数名の女性による同居生活があったのだという。寺山とのセックスは交互に行われ、コトが始まると、他の女性は散歩に出かけるんだそうだ。ううむ。彼女らの言い分がふるっている。「才能のない男を独占するより、才能のある男を共有した方がマシ」。

となると、ぼくも当然共有されて然るべきであり、「美人という病」に冒された諸君をできるだけたくさん受け入れなければなるまいなあ...。

(妄想という病)

<memo>
・総合Pのことからいろいろ思考が入り乱れる一日。むぅ。
・ハナを迎えに行ったら、顔面が傷だらけ。ぼくが到着する直前にずっこけたんだとか。ここのところ、とても楽しい園生活を送っていたのに。痛々し過ぎる。可哀想過ぎる。ついついアイスとか買ってあげたり。
・夕食の用意。今日は鮭のマヨネーズ焼き。シンプルだけど美味い。

さらば、H氏。

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恋人とうまくいかなくなったとき、なんとなく「もうダメなんだろうなあ」と考えることと、実際に相手から「別れましょう」と切り出されるときの気持ちは全然別ものである。豊富な経験に則って、断言する(苦笑)。

相手の心が離れつつあることを感じたら、「ダメなんだろうなあ」という漠然とした気持ちでなく、「明日別れを告げられる」という前提で、心の準備をすることが必要だ。それだけでも幾ばくかは、受ける衝撃を和らげることができる、ハズだ(...と、経験者は語る)。

さて。「H氏は、もう違う方向を向いているんだなあ」と考えることと、H氏から「んじゃ!」と宣言される気持ちはどうなんだろう? やっぱ全然違うんだろうか?

H氏とは、なんとなーく近からず遠からずな距離にいた。あの人のパフォーマンスのみならず、表には出ない、とても素晴らしい部分を見ることができたし、逆にヤ〜な部分も随分みてきた。ホント、ヤなときはヤなヤツなんだよ(笑)。ワガママだわ、しつこいわ、××××だわ(ああ!書けない!)...。

でも、そのうえで、6割ぐらいは「やるなあ」「すげえなあ」「そうなんだよなあ」と感嘆し、共感している自分がいる。その無茶苦茶な理論を受け入れたいと思っていたりする。

そう遠くないうちに、H氏は去っていくのだろう。「んじゃ!」と宣言するH氏を想像してみたら、意外とすんなり受け入れられる気がした。いずれ別れることは前提であったし、その短い蜜月は、結構楽しいものだったと思えているからなんだろう。まあ、いい経験をさせて貰っただ。

さらば、H氏。
あの人がいなくなっても、ぼくらの日々は続いて行くのだ。

<memo>
・祭案件の協議。総括。コリドール協議(の予定がすっぽかし)。
・「もったいない主義/小山薫堂(幻冬舎新書)」★★★★★。うーむ。小山薫堂おそるべし。冒頭の「鈴木家のカレー」のアイデアには唸った。もちろん、アイデアだけでなく、それを実現できることも凄い。「おくりびと」の脚本で、「このシーンでその台詞はいらないだろう」と思った部分が、実は「この台詞を言わせるために、考えられたシーン」だと知り、ちょっとビックリ。見方もいろいろなのだなあ。とにかく常に「アイデア暴走特急状態」にあるのはとても凄いことだ。ぼくなんて、アイデアが暴走するのは年に数回しかないもの。いやー、本気で見習いたい。師匠、紹介してください。

FMを聴きながらうたた寝

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今日は、80-100%の雨予報だったので、最小限の外出に留めて家でのんびり(結局それほど降らなかったのだが)。

昼は、FM東京「サンデーソングブック」を聴きながら、横になってうとうとした。スプリームスとか、スティービーの声を遠くに聴きながら、うたた寝することの至福といったらない。でも、エンディングにジャクソン5がかかったときには、「え?サンソンでジャクソン5?」と目が覚めたので、無意識下でたっぷり音楽に浸っていたのだろう。

若きマイケルの声の伸びやかさに感心しつつ、そこで起きようかと思ったら、続きの「ミュージックフラッグ」が、椎名林檎の特集で、ナビゲーターが竹内まりあだと聞いて、そのままずぶずぶと毛布の奥へ戻る。「大衆芸能」を意識したという新作の、"下世話かっこいい音"にすっかり陶酔しつつ、再びうとうとと。これこそ正統的な休日の過ごし方かもしれない。

<memo>
・ますます寝坊。8:00起床。
・まったりした朝食後、RUN 7km。身体が運動モードでないのでゆっくりと。音楽も聴かず、黙々と、仕事のあれやこれやを考えながら...。
・ハナを歯医者へ。右奥歯(下)に小さな凹みが。幸いにして神経には達してないので、麻酔なしであまり痛がることもなく治療完了。ちょっとだけ泣いたけども。その後、ビール、パンなどの買い出し。
・「サンデーソングブック」「ミュージックフラッグ」。
・ケータツとチェスを。
「マッハ!!!!!!!!」★★★★。宇多丸推薦作品。ホントに充実した内容でビックリ。激しい(痛い)アクションが、丁寧に作り込まれていて、飽きることがない。惜しむらくは、ベースの物語が弱い点。極私的な事業で、巨悪と戦う...というストーリーにしては、巨悪が見えてない。まあ、アクション俳優に下手なセリフを言わせないのは正解なのかも。

マイケル・ジャクソン

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マイケル・ジャクソンが亡くなって、改めてビックリしたのはその年齢だった。50歳だったんだ〜。なんとなく「BAD」のあたりで年齢が止まっている感じがしてた(どんなだよ)。いや、仮に40歳でも、60歳でもピンとこない。やっぱり、マイケルは途中から人間じゃなくなってきたのかなあ(もちろんぼくのイメージ上で)。

そんな「超人」「非人」なイメージは、整形の繰り返しで、肌の色が白くなるだの、鼻筋が細くなるだの、アゴが割れるだのといったところから生まれているのだが、世間的にもそういう外見面が前に出過ぎて(あ。あと性的嗜好も)、エンターテイナーとしての正統な評価が得られていない気がする。

マイケルの音楽は一貫して高い完成度を保っていたと思う。それは、車にたとえるならアベレージ狙いのトヨタ車的な音楽。凄くはないけど、欠点もない。まさに「ポップス職人」。世の中の最大公約数が受け入れられるポップスを狙ってつくり、かつ、それがずーっと受け入れられ続けた希有な存在だった。

ぼくも、高校時代、どれだけ「Beat it」のフリを真似したことか(照)。全然うまく踊れなかったし、ムーンウォークはついに上手に出来ず仕舞だ。ディズニーランドにあった「キャプテンEO」も何度も見に行った。一度くらいコンサートも行っておくべきだったろうか。楽しい音楽をサンクス。

<memo>
・最近、休日に早起きができない。7:30起。
・朝食後、庭の芝刈り。「午後の最後の芝生」ばりに、丹念に芝を刈る。角っこは剪定鋏で。雑草も抜く。たっぷり2時間半ほど。キレイになった庭でゴルフのアプローチ練習。気持ちいい...と言いたいところだけど、握力がなくなっていてうまく打てない...。
・「トランスフォーマー・リベンジ」(シネマ4)★★★。ソーメンランチのあと、ケータツとイオンにて。もうマニアックが過ぎてきた感あり。マイケルベイは相変わらずクドい。長い。そして、ラストが「え?」っていうぐらいアッサリ。長いくせに。玩具版「トランスフォーマー」が好きなだけに、なんだかとっても惜しい。
・UNIQLOにて夏Tを。ケータツはやっぱりポケモン。
・「許されざる者」★★★★★。なんと重層的な物語なのだろう。善と悪が表になり裏になり物語のなかでくるくると回っていく。娼婦たち、牧童、イングリッシュ・ボブ、保安官、そしてマニー。誰が悪で、誰が善なのか。いろいろな思いがめぐる映画だった。

絵日記〜言葉の掛かり湯〜

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外国語を習得するには、その国でしばらくの期間滞在し、思い切り「言葉のシャワー」を浴びることが、もっとも有効な方法のひとつである、と言われる。言葉というのは、ひたすらどっぷり浴び続けることで、「耳から脳へ」「脳から身体」へ浸透していくのだ。

「難聴」という病は、そのシャワーの栓がぎゅっと閉じられている状態である。言葉が「しょぼしょぼ」としか降ってこない。高度難聴である我が娘/ハナ社長は、そういう「水不足」な環境にあるわけだ。となれば、なんとか横から手桶で「言葉の掛かり湯」をかけてやらなければならない。

「言葉の掛かり湯」の方法として「絵日記」がある。その日にあったことを、「絵」と「文字」で書き記すことで、「映像」と「言葉」をマッチさせていくのだ。毎日毎日、積み重ねていくことで、わずかな「掛かり湯」であっても、着実に「"目"から脳へ」「脳から身体へ」蓄積させるのだ。

その「絵日記」は、誰が書くのか。もちろん、親である。そしてもちろん、ぼくである。毎日かー。ブログの更新ができるんだから、絵日記もできるよなあ(と自分にプレッシャー)。頑張ってみるよ。

<memo>
・日和11、総括、部長との懇談。
・夕方年休とって発達支援センター。B先生からタナカ先生へ引き継ぎ。
・「寿司虎」。久々にいったら、なんか普通。ジジババ、ケータツ、ハナと。
・「ペイルライダー」★★★。クリントイーストウッド。渋い。渋過ぎる。ストーリーはもう鉄板モノなのだが、唯一、友人の恋人と「え?どうなったの?」というヒネリが入るところがイーストウッドらしさか。まあしかし、西部劇という設定自体がピンとこないなあ。

眠っている宮崎のスイーツ

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随分昔の話だけれど、東京でめちゃめちゃ美味しいと評判のとんかつ屋さんへ行って、とてもガッカリしたことがある。いや、美味しいには美味しいんだけど、「普通」なのね美味しさのレベルが。値段は確か2,500円ぐらいした。これなら宮崎の「不二かつ」でいいじゃん、と思った。不二かつ美味いし、1500円だし。

もちろん、「さすが東京、レベルが違う...」と思わず唸ってしまう店も当然ある。鮨屋だとか、フレンチ、イタリアン、中華といった「高度技術系」なジャンルは、宮崎は到底かなわないような店が多い。

要は、「わざわざ遠方からやって来た」という気分(期待感)と、味とか値段とかとのバランスの問題なんだろう。本場に行って、本場の空気で、新鮮なものを食べるというのは、大きな価値がある。でも、期待感を超えなければ、「なーんだ」となってしまうのだ。


ところで。仕事でスイーツ企画の話をしていて、「宮崎にもまだまだ美味しいスイーツが眠っているんじゃないか」という話になった。歴史が長いものだけでも「ういろう(青島)」「鯨ようかん(佐土原)」「白玉まんじゅう(国富)」「長饅頭(高岡)」などは、特徴があって、ちょっと他にはない味だったり食感だったりする。これから、もっと全国区なスイーツとしてアピールしてはどうか、という意見もあった。

けれども、どのスイーツ(饅頭)も日持ちがしないので、積極的に県外には出しにくい商品だ。また、わざわざ宮崎まで食べにくるほど際立った特徴なのかというと、うーん、微妙だなあ。それこそぼくにとっての「とんかつ」になりそうな気もする。

まあ、そもそもが地域のオヤツであるから、地域で消費する分しか作ってないという問題も別途ある。つまりは、これらの「眠っているスイーツ」たちは、これからも、ぼくらだけで消費していくことになるんじゃなかろうか。眠りっぱなしのスイーツというか。まあ、無理して外に出す必要もないのかも。地元のぼくらさえ食べることができるのなら(笑)それだけは死守。

<memo>
・何かと身が入らない一日。もろもろ情報が飛び交う。総合P。祭。
・「荒野の七人」★★★★。七人のキャラクター付けがとても面白い。逆にメキシコ人たちの描き方が今ひとつ(検閲があったからか)。思いのほか、素直に面白い作品だった。

読売新聞×AKB48

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今日の読売新聞にAKB48の広告が出ていた。今日発売のニューシングルの広告なのだが、大きさがハンパでなかった。全段×4ページ。あり得ない量。よくよく調べみると、そもそもAKB48が読売新聞のCMに出演しているらしく、そこはこう、オトナなコラボレーションでうまいことやったのだろう。にしても、22日〜28日の間、毎日の15段広告らしいから、インパクトはあるよな。

読売新聞といえば、昨年の「シンブンテイメント」も、とても面白い取り組みだった。4人のモデルさんを都道府県ごとに違う写真で掲載するというもの。しかも、それぞれが後日写真集を発売するという連動企画。やるなあ読売。

我が社もそうだけれど、こういう「ちょっと意外な組み合わせのコラボ」というのは、今の時代の趨勢なのかもしれない。厳しい時期だからこそ、企業同士が力を持ち寄って、目の前の壁を越えようと発想するのだ。普段、別の土俵で戦っている企業が、両者「面白がって」取り組んだプロジェクトというのは、その「ふっきれた気分」がすごく伝わってくるものだ。

自分も、そーいうのを考えないとなあ...。頭ではわかってはいても、「ちょっと意外」で、「両者にメリット」があって、かつ会社レベルで「面白がる」ことができる関係というのは、そうそうあるものではない。うーん。我が社と「総務省」っていうのはどうだ?<意外でもなく、メリットもなく、面白がってもくれません(特に今は)。

(余談1)今日のAKB48の写真は、「BRUTUS 664」(どんどん写真がうまくなる)の号に出てくる写真と随分似たポーズなんだな(撮影・篠山紀信)。裏で、マガジンハウスも絡んでいたりして(後日写真集が発売だとか)。

(余談2)この読売新聞の広告には、主に前田敦子が出てるけど(名前調べた)、この子が人気者なの? それともブレイク前? もしくはメインボーカル? つまりは「おニャン子クラブ」でいうと誰の役割? ...っていう質問自体がもうおじさんですな。だって知らんもん。詳しく知ってても怖いけど。

<memo>
・祭集計、総括。
・午後年休。都城の聴覚支援学校へ。久々。聴力検査、発音チェック、音とのマッチング(汽笛の音を聞いて「ふね」を選ぶ)。絵日記の重要性を説かれる。
・帰り道、悲痛な声で「おなかすいた〜」と訴える娘。むー。新しい「ハンズマン」に寄って、タリーズでお茶。ドーナツとスムージー。

東国原知事の洒落

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まあ、なんというか。宮崎県東国原知事の「私を自民党総裁候補として戦う覚悟があるのか」という発言。よくやるなあ。皮肉でも何でもなくて、ブレーンというブレーンもいないのに、瞬間瞬間の「空気」を読みながら、独自のやり方で「話題」を提供し続けるセンスは天賦のものだ。

まあ、洒落にしたって「噴飯もの」の発言である。松浪健四郎が激怒したというのは、極めて真っ当な反応だ。度が過ぎてる。でも、そこに「天賦の才」があると思うのは、その洒落の受け取られ方の様子を見て、ちょっぴり本気モードな気配を演出するあたりだ。夕方のニュースでは、安藤優子がすっかりノセられていた。つか、あの一瞬は、たぶん本気だった気がする。一瞬だけど。とにかく、あのFNNニュースは、なんか妙〜な空気が流れていたなあ。

いずれにしても、「噴飯発言」ではあるから、この言動が最終的に「吉」とでるかどうかは微妙。まあ、「凶」でなければ、何でもいいわね。

<memo>
・雨。コラボ案、祭集計、総括など。
・「醒めて踊れ/鴻上尚史(扶桑社)」★★★。永遠の3つ星。

チキン南蛮ブーム到来!

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どうやら、チキン南蛮がキテいる。

この数週間の間に何度もテレビで見かけた。あまりテレビを見ないぼくでも見たんだから、どんだけ流れているというのか。テレビの番組サイトで、レシピが確認できただけでも、次の通り。

・「二人の食卓」(6/6放送分 テレビ朝日)
・「太一×ケンタロウ 男子ごはん」(6/14放映分 テレビ東京)
・「レディス4」(6/16放映分 テレビ東京)

このほか、「笑顔がごちそう ウチゴハン」(5/31放送分 テレビ朝日)でも、宮崎の主婦による美味しい作り方をやっていた。こんな短期間の間に、星の数ほどあるメニューのなかから「同一メニュー」をやるなんて、なんか凄くね? それも、東国原知事がゲストというわけでもなく、単なるレシピ紹介だし。 

ん。よくよく見てみると、5月末にテレビ朝日(六本木)で始まったブームが、6月中旬にはテレビ東京(虎ノ門)まで到達しているじゃないか。これは相当感染力が強いんでないか。今のイキオイなら、今月中には、TBS(赤坂)、日本テレビ(汐留)には間違いなく到達し、7月にはお台場や渋谷も制覇して、一気に全国へ飛び火することであろう。

うむ。チキン南蛮ブーム、確実にきてます。
キャッチコピーはコレで決まりだ。

この夏、チキン南蛮警報はレベル6へ。


...はいブーム終了 

<memo>
・Y社への提案、FOODACTIONとの連携模索、総合Pの思案、Bセンターとの取り組み...
・すげー夕立、の間隙をぬって帰宅。
・ハナが「しりとり」に興味。少し遅い時間ながら家族全員で小1時間ほど。これがきっかけで「絵じてん」の調べ方を覚えたかな?

モータウン=motor town

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FM東京「山下達郎のサンデーソングブック」は、今週から4週続けてのモータウン特集。

いつものタっつあんのダダ喋り(?)ではなく、ちょっと歴史講義的な内容だった。モータウンって、「motor town」の簡略形なんだとか、もちろん、それはデトロイトが自動車産業の街だから付けられたレーベル名だったとか、そんなミニ情報も満載で、車を運転しながら聴いていて、一人で「へえ〜」を連発しただ(あれ?そんなの常識?)

で、そのモータウンのブレイク前夜とも言える1960年代前半の音の素晴らしいこと。ミラクルズだ、リトルスティービーワンダーだ、マービンゲイだといった面々の、初々しいこと。リトルスティービーなんて13歳ですぜ。声変わり前ですぜ。んで、恐ろしいハーモニカを吹いているんだぜ。

今回の企画は、「歴史を振り返る」ことを主としているため、同番組にしては大変珍しいことに、曲を途中で繋いだメロディー形式。「もっと聴きたいのに〜」というジレンマも感じつつ、解説付きの10数曲を聴くのは、なんとも濃厚な1時間であった。うーん、この企画はいつも以上に聞き逃せないな。

...などと思ったら、急に「温故知新」な気分がムラムラと湧いてきた。いつも、「流行もの」を追っかけ気味な自分だけれど、まだまだ未知の「名作」を見てない聴いてない読んでない、よな。ということで、しばらくは「歴史を振り返る」ということをしてみようと思ってみた。

さっそく「TSUTAYA」で借りて来たのは、「荒野の七人」「ペイルライダー」「許されざる者」「ダーティハリー」。「温故知新」で触手が伸びたのは、なぜか西部劇。そして、なぜかクリント・イーストウッド。well do ya, punk!

<memo>
・朝5時起床。日向へ。某国家資格の試験監督(兼業違反にあらず)。
・帰宅してだらりんこ。夕食は焼肉!とか言ってたのに、それすら面倒になって「ナポリの窯」。撮り貯めた「Mr.BRAIN」(①、③、④、⑤)を見ながら...。
・「ダーティハリー」★★★。

忌野清志郎、本人。

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季刊誌「本人」は、忌野清志郎のロングインタビューを掲載している。

初出は、2001年10月発売の「クイックジャパン」で、その再録なのだけれど、キヨシローの訃報を受けて、あえてこの原稿を掲載した「本人」はとてもエライ。

インタビューは、「ロックで独立する方法」というタイトルで、「独立は、自由か、面倒か?」という、キヨシローの「人生観」がモロに表れている内容となっている。構成した山崎浩一(!)が優秀なせいか、字面を目で追いながら、まるでそこにキヨシローがいて、淡々とぼく自身に語りかけてくれているような錯覚を覚えた。

サラリーマンやめたからって、独立ってことじゃないんだぜ。「本当に独立する」ってことは簡単じゃないんだ。でも、本当に独立できたら、「ワンランク上の自由」と「ワンランク上の不自由」を獲得できるんだ。すげーだろ。...目の前のキヨシローは、ぼくをそう諭した。

まあ、ぼくは我が社のサラリーマンという枠の中で生きていくつもりだけれど、気持ちのどこかで「独りぼっち」という意識もある。もしくは異分子。会社の枠内にいても、気持ちの上では独りで立って、「半ランク上の自由」と「半ランク上の面倒」を獲得したい。...なんてなことを言ったら、やっぱり、キヨシローから、そんなの全然ロックじゃねーぜ、と怒られるんだろうな。

佐内正史による写真が素晴らしい。表紙をめくったところの写真は、ちょっと宝物級。かっこいいっス。

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<memo>
・朝方、足がつった。寝ぼけ眼の家族が見守る中、一人悶絶する父。
・某お中元番組ロケ。グラビアアイドルYと社長。ちょっとぐだぐだな収録になり、Y秘書がディレクターを𠮟り飛ばしてた。あーあ。まあ、うまく編集すればなんとかなるかなあ。
・昼飯に肉巻きおにぎり。うまし。プロジェクトにのってもらえないかなあ。
・義理の従妹の結婚式(ややこしや)。1時間ほどで中座(申し訳ない)。伊勢海老まで食べれたけど、ステーキに行き着かず。無念。
・後輩の披露宴。懐かしい面々。あまりに知っているヒトビトばかりで、いい意味で緊張感のない式(笑)。後輩たちらしい。こんなぐだぐだでいいのか。つか、スピーチを抽選にすんなよ。しかも、その1番手にオレを当てるなよ。まっさらな状態でスピーチはかなりツライぞ。シメのK氏が相変わらずの調子で最後に大盛り上がり。よかったよかった。

チョコの山

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某先輩が「最近ハマっているお菓子」として紹介してくれたのが、チョコの山である。パンの耳をカリカリに焼いて、チョコをコーティングした...というシンプルなお菓子なのに、やめられない止まらない...んだそうだ。

先輩がそこまで言うなら、食べてみるべと御指定のスーパーへ。ところが、チョコ売り場のどこを探してもそれらしきモノはないのである。捜索区域をお菓子売り場全体に広げてみても、全然ない。棚の奥?エンドの棚?...などと、目を皿にして探すこと、数十分。お菓子売り場をまるまる3周したけども...ない。どこにもない。

やむなく「ポテドdeガーナ」という似たようなお菓子を買ってかえってみたものの、やっぱり、どう見たって別物なわけで、チョコの山への思いは募るばかりであった。

翌日、某先輩に「売ってなかったッスよ!お菓子売り場を3周したッス!(ぷんぷん)」とクレームをいれると、「あ。ごめんごめん。チョコの山はね、"パン売り場"に置いてあるんだよ。まあ、ヤマザキの製品だからね。」

...。

...。

するってえと何かい。

バンダイの「チョコビ」は、玩具売り場に置いてあって、
サントリーの「セサミン」は、飲料置き場で、
JTがつくっている「Roots」は、たばこ売り場で売っているってーのかい?
じゃあ、タスポがいるねえ、いるんだねえ...。

って、責任者でてこーい!

<memo>
・延々と分析、企画...。煮詰まりまくり...。
・2日かけて入手した「チョコの山」。普通に美味しい。

仮面ライダーW

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ここ3ヶ月ぐらい、新しいプロジェクトのことで悩んでいる。

関連する専門書を読みあさり、データを眺め、企画書を書く。うんうん唸って書く。そして自分でダメを出す。その繰り返し。もうすっかり煮詰まっている。そんな折、「広報・PRの基本/山見博康(日本実業出版社)」という本を見つけ、現在熟読中。「基本」の本なのに、目から鱗がポロポロ落ちる。

書いてあることのかなりの部分は、すでに経験上で知っていることなのだが、体系立てて説明されると「ああ、あれはそういうことだったのか」と改めて気づかされることが多い。プロジェクト全体における広報・PRの「位置づけ」を再発見している気分だ。なるほどなるほど。

...とはいえ、あくまで新しいプロジェクトの「中身」が決まった後の「広報・PR」であるからして、現状打破には何の役も立たない本、でもある。むぅ。


さて、そんなぼくの苦悩も知らず(?)、秋の放送に向けて、着実に進行しているのが、次の「仮面ライダー」プロジェクトである。平成ライダー11代目となる新ライダーは、その名も「W」、というらしい。すでに、あちらこちらに画像が流出中。なんだか、ライダーも戦隊も、年を追うごとに情報管理がずるずるになっているなあ。それとも、やっぱり故意のティーザー広告なのかな。

その新ライダーは、ますます訳のわからない方向に進んでいるみたいだ。あえていうなら「キモかっこ悪い」的志向。まあでも、継続は力であり、何はなくとも前に進むことが大事なんだよな。そうそう。ぼくも。ぼくのプロジェクトも。

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<memo>
・茶企画打合せ、祭補助調整、祭HP打合せ、某テレビメッセージ収録...。21:00。

偉いぞガンダムプロジェクト

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ここまでのものとは!
すごいぞ「ガンダムプロジェクト」。
でも、まさにこういうことなんだよな、諸君。

ぼくは「ガンダム」のことを全然知らない。放送時に見てなかったから。奈美恵じゃない方のアムロが、シャアとかいう名の赤いヤツと戦う話、という程度の知識しかない。あ。キャラクターデザインは、安彦良和だったな(サブカル知識)。

それでも、この「本物感」には圧倒される。作り込みがハンパじゃない。立ち姿が「まんま」なのはもちろん、細部のディテールのこだわりがすごいな。さらに、頭部が可動し、全身の50箇所に警告灯などの発光ギミックがあり、ミスト噴射もあるという。もう、あとは歩いて飛ぶだけじゃないか(笑)

で。何より素晴らしいのは、このプロジェクトが「緑あふれる都市再生と魅力あふれるまちづくりに向け、都民と、行政、企業が一体となって東京のメッセージを発信していく」ことを目的としているということだ。つまり、ガンダム自体は、「目的」ではなく「手段」ということなのだ。すげえ屁理屈。

<企画会議にて>
「さて、何か発信力のある企画はないか?」
「えーっと、ガンダムなんてどうでしょう?」
「ガンダム?」
「お台場にリアルガンダムをつくるわけです。」
「おおなるほど。緑あふれる都市再生のイメージにピッタリだな」

...なわきゃない。
どう考えたって、そもそもリアルガンダムをつくりたかったヒトビトが、そういう屁理屈でもって、スポンサーをくっ付けたってことだろう。


そして、そのスポンサーであるところのプロジェクトメンバーがまた凄い。

<GREEN TOKYO ガンダムプロジェクト実行委員会>
・財団法人東京都公園協会
・東京港埠頭株式会社
・社団法人東京都造園緑化業協会
・株式会社 フジテレビジョン 他

<後援>
・経済産業省
・社団法人 日本公園緑地協会
・特定非営利活動法人 東京オリンピック・パラリンピック招致委員会
・臨海副都心まちづくり協議会


いやはや、無理矢理感もここまでくるとアッパレ。
もっとも合わない者同士をくっつけた感。

いったい誰が「言い出しっぺ」か知らないけれど、この内容、このメンバーで、実行委員会を立ち上げ、調整し、予算を集め、プロジェクトを稼働させるのは大変だったろう。

ああ。先週、上京していた際に、ちょっと足を伸ばして見に行くべきだった。真面目に時間外まで仕事なんてしてるんじゃなかった(激しく後悔)。お台場で、ガンダムの爪の垢でも煎じて飲むべきだった。

反省。オレももっと頑張らねば。
綾町に、リアルシシ神でもつくるか。>そういうことでなく



<memo>
・コンペ結果通知。企画書を悶々と。福岡フェアの打合せ。
・午後年休。サテライト。S君と一緒にカルタ。母音系は強いが子音がなあ。終了後、M田先生に就学相談。
・Tから電話有。某ファミリーの件。

ル・クルーゼによろしく

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訳あって、当面の間、毎週火曜日は夕食の準備をしなくてはならない。これまではカレーだとか、レトルトカレーだとか、焼きそばだとかで誤摩化してきたが、いよいよネタも尽きてきたので、覚悟を決めて、ちゃんと料理を始めてみることにした(人生で何度目の決意かわからないが)。

...といっても、あまりに本格的にやろうとすると長続きしないので、まずは「なんでもル・クルーゼに放り込んで煮てしまポートフ」作戦でスタート。今日は、玉葱、人参、白菜、南瓜、ズッキーニ、エノキ、鶏肉を放り込み、トマトジュース+コンソメ+塩こしょうで味付け。40分ほど煮込んでみたら、あーら不思議、美味しい「ポトフもどき」が出来上がった。しかも、煮込んでいる途中、子供達を風呂に入れたりして余裕かましてましたのよ。なんか「素敵な奥さん」っぽいな、オレ(ふふん♪)。

これはレシピも何もなくて、誰かが「ル・クルーゼって、適当に野菜放り込んでコンソメ入れたら何とかなる」と言っていたのを思い出してやってみただけ。いやあ、ホントだった。野菜が焦げ付くのがイヤで、何となくトマトジュースを入れてみたのも正解っぽい。しばらくはこの「煮てしまポートフ」作戦のバリエーションを増やしてみよう。

<memo>
・祭コンペ資料再整理>最終協議、素材分析、方法論検討...。
・ハナのお迎え、夕食の準備。

最後の女

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♪(みちのくひとり旅)
たとえ〜どんなに恨んでいても〜、たとえ〜どんなに灯りが欲しくても〜
お前が俺には最後の女〜 俺にはお前が最後の女〜

...という歌は全然関係ないのだが、我が家のハナ社長も「最後の女」と呼ばれている。それは、みんなで食卓を囲んでいるとき、肉だのソーセージだのトマトだのが、最後の1個になるときがある。「遠慮のかたまり」とも呼ばれる「ザ・ラストワン」だ。その最後の1個を、何の躊躇いも遠慮もなく、当然のように食べるのがハナ社長なのだ。

デートをしているとき、ガールフレンドが、ぼくのワイングラス(ビールでも焼酎でもいいけど)を、何の断りもなく奪って飲んだりするのは、結構嬉しいものだ。しかし、たとえガールフレンドでも、2人の共通の皿の「ザ・ラストワン」を、当然のように食べるのは結構むかつく。お前には、この微妙な男心は、わからんのだろうな。


町山智浩は素晴らしい。

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<memo>
・報告書作成、Y社案件で関係課へ説明、祭集計など。
・「アメリカは今日もステロイドを打つ/町山智浩(集英社)」★★★★。ハズレなし町山。本書のサブタイトルは「USAスポーツ狂想曲」。アメリカスポーツ界にまつわる小ネタ集だ。小ネタ...とはいえ、マイナーなドキュメンタリー映画やテレビ番組などから、こまめにネタを拾い、過去のデータを再確認し、笑えるエッセイに仕上げる技術。どれだけバカっぽく書いても滲み出る知性。素晴らしい。

本屋大賞はどこへ?

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2009年の本屋大賞、ということで「告白/湊かなえ」を読んだ。

面白いっちゃ面白いんだけども、書店員が選んだ本がコレというのがどうにもこうにも。むしろ、書店員なら「とっても惜しい!」作品と読むべきじゃないのか。もちろん本屋大賞がこの作品の第1章のみで表彰するのなら異論はないのだが。

ふと思い立って、過去の本屋大賞受賞作をみてみると、ひとつの傾向が思い浮かんだ。それは、「本屋大賞は、女性作家が好き」ということだ。過去6年間の受賞作を並べてみると、こんな感じだ。

2009:告白/湊かなえ(1/10)
2008:ゴールデンスランバー/伊坂幸太郎(4/10)
2007:一瞬の風になれ/佐藤多佳子(4/10)
2006:東京タワー/リリーフランキー(2/11)
2005:夜のピクニック/恩田陸(5/10)
2004:博士の愛した数式/小川洋子(3/10)

ぱっと見、6年間で男性も2人受賞しているので、「女性が好き...というほどではないのでは?」と思われる。が、ノミネート作をみてみると(上の表でいうと、2009年は10作品中女性作家は1人という意味)、ノミネートでは圧倒的に男性作家が優位にあるのに、大賞を受賞するのは女性が多いということがわかるのだ。

数字でいうと、6年間総ノミネート数61作品、女性作家の作品は、19作品しかなく31%しかない。つまり、確率的には6年間で大賞受賞できるのは、せいぜい2作品程度のハズなのに、倍の数の作品が受賞しているのだ。

あと、重厚な本が受賞しづらいというのもあるな。飯嶋和一とか池上永一なんて一生受賞できないだろうな。つか、ちゃんと候補作を読んでるのか書店員?年を追うごとに、「売りたい本」じゃなくて「売れる本」になっている気がするのは気のせいだろうか。

<memo>
・夜更かしの反動の寝坊。8時起床。
・朝食後、だらっと。洗濯など。
・「告白/湊かなえ(双葉社)」★★★。第1章で濃厚かつ皮肉たっぷりの展開に「おお!」と唸りながら読んだものの、第2章〜第3章でちょっと落ち着き、第4章以降では落胆。どんどん失速。勿体ない。つか、せめて教師の独白>生徒の手紙>親の日記と辿った形式だけでも、4章以降は工夫すべきだった。第4章以降はプロットだけで、わくわく感がない。残念。
・宿題のDVDを「古墳祭り」「ニッポンのミカタ」。

海角七号

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海角七号」を見た。

この作品は、日本未公開作品。「第15回宮崎映画祭」の特別企画(宮崎〜台北線就航1周年記念事業)でのプレミアム上映なのである。台湾歴代興行成績第2位(1位はタイタニック)の作品なのに、1年近くも未公開というのは、なにかしら事情があるのかな。

さて、著名なスターが出なくても、大きな予算をかけなくても、派手なアクションや特撮やエロがなくても、「いい映画はいいのだ」という見本のような作品であった。実際、台湾でも、公開時はパッとせず、口コミによってブレイクしたのだという。

まずは、監督自身による脚本が素晴らしい。日台の歴史・現状、さまざまな世代の恋物語など、てんこ盛りな内容であるにも関わらず、余計な説明も少なく、テンポよく物語を進めていく。また、たくさんの脇役たちの個性をちょっとしたワンシーンで描くのがとても巧いので、ひとつひとつの小さなエピソードが、物語に厚みを加えていく。

役者陣も達者だ。主演の2人はもちろんのこと、バンドのメンバーたちがとても素晴らしい。もともと音楽をやっていた人たちを起用したとのことで、ラストシーンがしっくりするのもなるほどである。ま、中孝介の演技は、大目にみてあげたいところだが。

この映画によって、役者たちはスターになり、サントラは売れ、中孝介はブレイクし、ロケ地は観光地化しているとのこと。地酒マラサンも、間違いなく売れていることだろう。確かにそれだけのパワーのある映画だと思う。日本での正式公開は、今年末だとか。みなさん、必見。

それにしても、上映では音声トラブルがあったし、トークショー(魏徳聖(ウェイ・ダーシェン)監督、主演の2人・范逸臣(ヴァン・ファン)、田中千絵)は、随分とぐだぐだになったりもしたが、まずは今回の上映が出来ただけでも、映画祭スタッフの努力に敬意を表したいと思う。こういう「縁」を是非大事にして欲しいなあ。

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<memo>
・朝食後、宮崎映画祭へ。「海角七号」★★★★。
・帰宅して昼食は、カップラーメン(麺の達人とんこつ)。親父が自宅の菜園でつくったトマトを持って来る。
・ケータツとハナとサイクリングへ。河川敷へ出て、堤防を高松橋まで。往復5kmくらいか。帰りは文化公園で休憩。所要時間1時間半。
・夕食後、子供らとふざけて遊ぶ。軽犯罪(汚れた手で食器を触ったとか)を犯した子供を逮捕し牢屋(押し入れ)に入れるという遊び。
・深夜、一人で取り貯めたビデオを。「世田谷ベース〜」「音楽寅さん〜フォーク軒」「プロフェッショナル〜木内博一」。
・三沢が死んだのね。死んじゃいかんよ三沢。あんたが死んだらいかん。

1Q84を読んで

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たっぷり2週間かけて「1Q84」を読了。ときに伏線部分を読み返したり、登場人物の行動を確認しながらなので、いつにもまして時間がかかった。

BOOK1は(特に前半は)、村上作品にしてはビックリするぐらい平易で読みやすい。伊坂幸太郎の新作、と言っても違和感がないほどだ(そういう要素もあるし)。ところが、途中から徐々に世界観が混沌とし始める。愛と幻想のハルキワールドだ。

そしてBOOK2にはいると「村上節」とも言うべき「暗喩」に満ちた表現が増え、物語の展開も一筋縄ではいかなくなる。2つの世界が交錯し、テーマはてんこ盛りで、物語の入れ子が、外が内に、内が外にと入れ替わっていく。

それでも、村上作品のなかで、もっとも読みやすく、もっとも理解しやすい長編であった。人称も三人称で統一され、宗教、家族、性...といったテーマに対して、慎重に一定の距離感が保たれるので、読んでいて「迷い込む」ことが少ない。また、描写からも抽象性が極力排除されているので、「迷い子」になりにくい。「教団リーダー」の描写が、物語を貫くヒントとなっていて、「1Q84」全体への理解を促している。

もちろん、その「理解の深さ」は、各読者に依る。村上作品は、あらゆる名前、場所、例示に、複数の意味付けがなされているので、油断ならない。たとえば「天吾」は「天知る地知る吾知る人知る」からきた名前だろうし、「証人会」は「エホバ」だろうし、そもそも「1Q84」は、ジョージ・オーウェルの「1984」からの連想を想定していて、その「1984」自体が1948年のアナグラムであって...、ということを書き出したら、キリがない。そのうち、そういう分析本も出るのだろう。

でも、それらは「理解の深さ」の違いであって、そのような予備知識がなくったって、いかようにも読んでいいのだと思う。エッセイなどで本人が繰り返し、そう述べている。あえて多義的であるようにそういう仕掛けを用意しているのだろうが。

この「1Q84」を読んでいる時間は、小説の中の世界観に素直に入り込みつつ、自分自身の「ありよう」というような個人的でとても現実的な世界観とが、並列に成立しているような不思議な感覚があった。そして、久々に読書に「没頭」できた気がする。

それにしても、これだけ伏線や謎が未回収のままということは、「ねじまき鳥クロニクル」のように、数年後に「BOOK3ー完結編ー」が発行されるということなのではないか。天吾の、そしてひょっとしたら青豆の、その後の物語を読みたいと思わない読者はいないハズだ。

<memo>
・朝からTJにて打合せ。担当者だけのつもりだったが、所長も交え、オールスタッフ10名を相手にした本格議論に。資料の補足説明に「あ、ビバノンノン♪」とか書いたのが悔やまれる。それにしても、こちらが持参した案では耐えられない。抜本的に見直す必要有。むむ。
・Y社にて打合せ。こちらも担当者2名と思ったら、各部署から合計7名も。サラリと終わらせるつもりがディープな議論に。苦し紛れに思いついたオークション案が好評。いけるか。
・R社にて打合せ。有名なオフィス。すげー。随所に某デザイナーらしさが。こちらは5名。今回、ぼくらはやたらと歓迎された。なんなんだ。
・帰りの機内で「1Q84/村上春樹(新潮社)」★★★★★。読了。

社風

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出張して、短時間の間にたくさんの会社の人と会うと、各社の「社風」というものを感じずにはいられない。どんなに冗談ばっかり言ってても、実直さが滲み出てしまう会社。派手なようでいて「温和」な空気感が漂っている会社。強いトップにぐいぐい引っ張られている会社...。今更ながら、「会社訪問」をしているようで実に新鮮な気分だ。

なかでも印象的だったのは、某社の担当部長(同世代か)。名刺交換をする前にいきなり真顔で「○○(名前)です。よろしく!」と手を差し出してきて握手を強要された。当然、打合せが終わって帰る際にも「じゃあひとつよろしく!」と握手だ。そんなベタな体験は初めてだったのでビックリするやら可笑しいやら。部下のひとは、普通に名刺交換だけだったから、これは「社風」ではないっぽいな(笑)

今度打合せするときは、ぼくから「やあ、○○さん!お久しぶり!」とか言いながらハグしてみようかな。いったい、どんな反応するだろう。評判がいいようなら、我が社の社風はハグで。

<memo>
・朝1便で上京。I女史と。ランチ「anassa」。
・T社と打合せ。時期的には厳しい感。むしろ「マルシェ」企画の方がよいかも。
・M社と打合せ。相変わらず同じ温度で話してもらえるスタッフ。素晴らしい。9月>10月という連動性も悪くない。ただ「その次」への展開が難しいやも。
・友人と「ジリオ」。仕事のことやら映画のことやらあれやこれや。
・「1Q84」第9〜19章。移動時間でイッキ読み。

「素材」から「商品」へ

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Casa Brutus 日本で一番おいしいもの」をパラパラと眺めていると、宮崎の一番の問題点がページの間から浮かび上がってくる思いがした。それは、野菜や果物、肉、魚といった「素材」は素晴らしいのに(だから?)、具体的な「商品」(料理含む)という加工の段階になると、途端に弱くなってしまうということだ。

いや、別に宮崎で加工された「商品」が不味いと言っているのではない。「素材」は、全国でもトップクラスを誇るものがたくさんあるのに、「商品」段階になると、全国で戦えるようなものが少ない、ということだ。

「Casa」で取り上げられている山形「アル・ケッチャーノ」、金沢「小松弥助」、讃岐「山越」「谷川米穀店」、沖縄「辺銀食堂のラー油」などは、ほかの媒体でも多数取り上げられていたりして、「商品」そのものが強力な地域情報の発信メディアとなっている。そういう「メディア化」した「商品」がどれだけあるのだろう。

いみじくもこの「Casa」が「A級保存版」とうたっているように、全国区に通用する宮崎の「A級商品」がもっともっと欲しい。現時点で、宮崎には、胸を張って「A級」と言えるものがどれだけあるのか。当面は、「B級」のジャンルで賑やかに話題を振りまきつつ、多少時間をかけてでも、新しい「A級」をつくりあげることができたら、と思ふ。

<memo>
・コンペ結果の集計作業、お取り寄せ特番の調整、某深夜番組収録の件.
・ハナは「きこえの教室」。家人対応。午後はぼくが年休。聾学校。
・「1Q84」第5〜8章。
「爆笑問題のニッポンの教養」を見た。とても深く、印象的な内容だった。今回は、福島智教授(東京大学先端科学技術研究センター)が議論の相手だ。

福島教授は、「障害学」を研究している。そして、教授自身、8歳で全盲、18歳で全聾となった重度の障害者である。全盲聾。視力もない、聴力もない世界とは、どういうものか。先生は「宇宙にほっぽりだされているような」と形容する。完全なる闇と、完全なる無音に暮らすこと。

ぼくらは、他人の存在を主に「音」や「映像」で感じている。また、他人の気持ちを「声」や「仕草」で感じとる。そうやってコミュニケーションを取っている。しかし、福島教授は、残された「皮膚の感覚」でのみ、外の世界と繋がっていて、「指点字」というメディアでのみ、他人とコミュニケートできるのだ。なんという高い障壁だろうか。


今回、太田が(あえて?)とても素朴で無知な質問をする。スティービー・ワンダーやホーキング博士を例に取り「障害があるからこそ、残された部分の能力が高くなるのではないか」という問いだ。

もちろん、この2人は「天才」なのであって、一般論としては成立しないのだが、障害者たちが、「残された能力」を伸ばさざるを得ない環境に置かれているのは確かだ。目が見えなければ聴力を、耳が聞えなければ視力に頼らざるを得ない。そこで考えたいことは、障害者たちは、なぜ「残された能力」を伸ばさざるを得ないのか、ということだ。

それは何より日々を暮らすために「他人とコミュニケートする」ことが必要だからだ。多くの人が「聴力+視力」を主な手段としてコミュニケートしている社会では、一方の能力が欠けると、さまざまなコミュニケーション障壁が生まれてしまう。他人とコミュニケートするために、視力を失った人は「より多く聞く」ことでそれを補い、聴力を失った人は「より多く見る」ことで補うのだ。

つまり、究極のところは「生きる」=「繋がる」ことなんだな。他人と繋がり、社会と繋がっていくことが、「生きる」ことなんだろう。...そんなことを改めて強く感じた番組であった。必見。

それにしても、「宇宙にほっぽりだされて暮らす」ことは、とてもしんどいことだな。「生きる」ことに辛くなったら、そんなことをちょっと思い出してみよう。

(再放送)
6月15日(月)午後3:15~<総合>。
6月17日(水)午前2:30~(火曜深夜)<BS2>


自分メモ。新「iPhone」は、高性能化の方向。ううむ。もう少し小形化することを期待したのだが。早く切り替えたい気分もあるけど、もう1世代待つかなあ。

シンフォニエッタは、ジョージ・セル指揮(クリーヴランド管弦楽団)のものが、「1Q84」公認(?)らしい。ぼくが聴いているのは「ラファエル・クーベルック指揮(バイエルン放送交響楽団)のもの。小説には、小澤征爾指揮のバージョンも記載されているが、さて、どれがよかったのだろう...。

<memo>
・祭用のぼり、うちわ等のコンペ。M社向け企画書。総合P企画書。祭HPコンペ集計。L社向け企画書。K社へお礼。
・家人が手話教室のため、ハナの迎え。園長と就学について相談。遅くなったので夕食はレトルト(子供は喜んでいたり...)。

身体の調子をあげていくこと

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比較的低め安定が続いていた体重が微増傾向。70kgを下回らなくなってしまった。ううむ。ずるずるいかないためにも、ここらが踏ん張りどころだな。

原因は、この1〜2週間の不規則気味な生活だ。食事の量やペースが乱れ、運動が不足し、睡眠が浅い(長く寝ても倦怠感が残る)。要は体調がよろしくない。偏頭痛の頻度も多く、ひどいときは、ビール1本で二日酔いをしたり。あと、肩凝りもひどいな。

きっとこの改善に万能薬はない。日々の暮らしをひとつひとつ見直していくしかない。キチンと早起きし、夜は決まった時間に寝る。朝・昼・夜の食事バランスに気をつけつつ、総カロリーは控えめに。軽い運動を毎日する。週に2回くらいは、激しい運動にも励む。仕事は集中して行い、ストレスをためない。

...そんなことができるのなら、とっくにできてるよなあ。でも、ぼくは何より自分に対して相当諦めが悪い性格だ。昨日のぼくにはできなくても、今日のぼくにはできるかもしれない。きっと明日のぼくは、身体の調子が改善され、昨日より「できる男」となっていることだろう。イケイケのアゲ♂アゲ♂...だといいな。ということで、とりあえず、寝る。


「キル・ビル」で強烈な印象を残したデビット・キャラダインの死因がいろんな意味で凄い(※女子閲覧注意)。男子チームで、72歳のこの珍妙な「行い」について語ってみたい。

<memo>
・タイトな1日。今週は忙しい。
・ヒアリング2件。社長協議。戦略修正。企画書2件。報告書2件。22:30。
・「1Q84」第3〜4章。

面白く書いてね☆

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某後輩のブログでぼくのことがネタにされていた。

ちょっとオチっぽく使われていたのだが、いまひとつオチていない。おいしいエピソードたったのに。なので、厳しく「面白くないなあ。もっとバカっぽく書けよ」とダメ出しメール。すると、「す、すいません。まさか本人が読んでいるとは(汗)。先輩だからあんまりヒドく書くといけないかなあと思って」との返信。うーむ。わかってない。

愛情があるから書くんだろうし、仮に愛情がなくったって、個人が特定されるような誹謗中傷じゃなければ、何でも書いてよかろうも。むしろ特定してくれてもいいぐらいだ。後輩には、WBCの際のイチローの名言「この先輩をリスペクトしない感じが優勝につながった」を送っておいた。

<memo>
・久々に気合いの入れた掃除。家中ぴかぴか。風呂掃除もテッテー的に。イキオイで庭の草取りも。ふと思い立って、庭でゴルフのアプローチの練習をしてみたら、これが楽しい。芝を張ってよかった。下手糞だけど、毎週やったら上手くなるかな。
・昼食、ソーメン。野菜のかき揚げ付。美味しい季節だ。
・「1Q84」。第20〜24章。BOOK1読了。ベランダにて。
・Run 7km。42分。
・ハナを自転車に乗せて買い物。パン屋、珈琲豆、ビール。
・「佐藤可士和×トップランナー31人(集英社)」★★★★読了。人選が素晴らしいな。日本を牽引するクリエーターやアーティストばかり。ぼくらは、こういう書籍とかテレビとかでしか、本人に接することができないというモドカシさがある。それでも、知らないより知っていた方が人生は刺激的だ。もっと成長しなければと思う。
・「1Q84」。BOOK2 第1〜2章。

茶髪になっちゃった!

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今朝、子供たちと一緒に床屋へ。
理容師のT野は、高校時代の友人で、20年来、ぼくの頭をカットしてくれている。

T野「今日はどうする?夏っぽくバッサリ?」
ぼく「そうだね。サッパリスッキリで。(壁のサンプル写真を見ながら)頭の形が良ければ坊主っぽくしてもいいんだけどなあ。でも、オレ絶壁だしなあ。」
T野「残念でした。この絶壁頭に坊主は無理。」
ぼく「ベリーショートにしてさ、一度くらい茶髪とか金髪とか、やってみたいよなあ」
T野「ホントにやめとき。若いヤツらから『先輩、すげー若作りしてるよ(失笑)』って思われるのが関の山だよ」
ぼく「ああ、なるほどねえ。だよねえ」

...などという会話をしつつ、白髪染めをオーダー。せめて、目立ちはじめた白髪だけでもおさえておこう。頭皮にしみる染料を塗られて、数十分後、洗髪してもらって顔をあげ、鏡をみると、なぜかそこには「茶髪」になったぼくがいた。

ええーーー!
なんでーーー?

さっきの会話の流れで、なぜ茶色に染めるのだT野!

T野「え? いや、よっぽど染めたいのかと思ってさ。」
ぼく「誰も茶髪にしろなんて一言も...」
T野「一番軽めの茶色だから大丈夫。似合うじゃん。」
ぼく「そ、そう? でも、かなり茶色い気がするけど...」
T野「ここは明るいからね。普通の室内ならほとんど黒にしか見えないよ。」
ぼく「ホント? 染めたってわからない?」
T野「いや、それはわかる」

むー。
どうしたものか。

ただでさえ、何かというと上司から厳しく指導されがちな、ぼくのキャラクターである。茶髪のチャラ男になったら、「どんだけ調子こいてんだ!」と思われるじゃないか。しかも、今、クールビスで、アロハシャツ来ているし、まるで「ぽん引きのお兄さん」にしか見えない。

...いや、まてよ。

ある意味、ここで「茶髪」になって「非常識!」「浮ついている!」とマイナスな評価を受けるぐらいが、得策ではないか。そもそもぼくの仕事は、我が社にあって、もっとも我が社らしくない「脳みそ」を使わなかければならないところだ。我が社の常識に縛られていては、厳しい社長の期待に応えられない。しかも、某上司が「今年は仕事の中身で勝負だ!」と宣言したばかりじゃないか。うむうむ。

よっしゃ。この夏は、どんだけ後ろ指を刺されようが、白い目で見られようが、「茶髪」でいこう。そういうプレッシャーの中で、「あっ!」というような仕事をして、誰にも真似できないような結果を出せばいいのだ。自分を追い込んで、逆境を跳ね返して、成長するぞ。茶髪でいくどーーー。

...ということで如何か>家人?

家人「すっごく頭が悪そうだから、すぐに黒く戻してきなさい」
ぼく「...はい。」


ということで、42歳にもなって、5歳下の家人に怒られ、すごすごと床屋へ戻り、ますます染みて痛いぐらいの染料を再びぬったくって、もとの黒髪に染め直しましたとさ。本日の茶髪時間:2時間半。 あーヘタレなオレ。

<memo>
・ハナを耳鼻科へ。鼻洗浄をお願いしたけどネブライザーのみ。うーむ。
・床屋(1回目)
・ランチ「パパのカレー屋さん」
・床屋(2回目)
・ハナのために、言葉カードを作成。約80枚。
・叔父から貰った小麦粉(自家製)でパンを焼く家人。旨い。スイートコーンも◎。
・「1Q84」第17〜20章。

ケータツの反駁

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先日、「海森堂」を書きながら、無意識に靴下を脱いだことがあった(暑かったのだ)。で、そのまま、図書室に置きっぱなしにしておいたら、翌日、愚息が「お父さん、靴下を脱ぎっぱなしだよ。」と注意しやがった。「あーごめんごめん」とさらっと謝ったのだけれど、しつこく「ぼくには、いつも怒るくせに。自分でできないんだったら、怒る資格がないよ。」とか言うのだ。むぐぅ。

家人がすかさず「あんたは何度も何度も何度もしているでしょ。程度の問題やわ。」とフォローしてくれた。ありがとう家人。

まあしかし。8歳児が言うように、怒る以上は、そのことがキチンとできないといけないわけで。最近、愚息だけでなく、後輩に対しても厳しく指導していたりするのだけれど、ちょっぴり自分のことを振り返ってみないといけないわーと思った次第。

<memo>
・今日も今日とてヒアリング。
・K社来訪。ホントに素晴らしい会社。いいコラボがしたい。
・G長宅。初めて入った。B長も30数年目にして初めての訪問だとか。これで3K舎を制覇。異常な盛り上がりで23時過ぎまで。帰り道、女王の悩みを聞きつつ。

ティーリリリ

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都城出身のグラビアアイドル青島あきなが、毎日放送の深夜番組「ジャイケルマクソン」に準レギュラーで出演している。で、彼女の新コーナーが「幸せのティーリリリ」という。はて。ティーリリリとは、何? ま、宮崎出身者ならば、「あ!」と気がつくであろうが、あの「ひょっとこ踊り」のことなのだ。

青島は、おばあちゃんに習ったという日本舞踊を披露すると言いながら、レギュラー陣の前で踊ってみせる。♪ティーリリリと自分で節を歌いつつ、腰をくいくいっと動かすところまでは、本物の「ひょっとこ」っぽくていいとして(実際、なかなか上手)、途中から、なぜか手ぬぐい(マメシボリ)を股間に通して、その手ぬぐいを前後に動かすのだ。こらこら。ねえよ、そんな動きは。

こういう場合、「江戸末期から伝わる伝統を汚す気か!」と激しく異議申し立てをする...というのも、ひとつの考え方ではあるのだが、それはそれとして、何より「ひょっとこ」の存在を広めてくれてサンクス☆、というのがオトナな対応ではなかろうか、と思ったりする。つか、青島が踊っているのは、あくまでティーリリリなんだが(一言もひょっとこ踊りと言ってない)。

まあ、ティーリリリをきっかけとして、青島あきなが、いや、ひょっとこ踊りが本当にブレイクしてくれるとよいのに、と思ふ。

<memo>
・朝から補助金ヒアリング。聞く方。午前2(内容は8)、午後3。むぅ。
・「1Q84」第15〜16章。

家族の記憶

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我が家では、昔の思い出話をしていると「確かあれはマジレンジャーの頃だから...」という風に、時期の特定のために「戦隊シリーズ」が引用されることがある。1年ごとに変わるっつーのは、非情にわかりやすくて便利なのだ。「アバレンジャー」はケータツが2歳のとき、という「起点」があるので、容易に計算できる。なんて素晴らしいシステム(笑)

それにしても、ここのところ戦隊の女性隊員がパッとしないよな。かわいいにはかわいいんだけれど、印象に残らない子が多い。その点、デカイエローこと木下あゆ美は、在任中(?)にセクシー写真集を出したので衝撃が大きかった。相方のデカピンクこと菊地美香も、ロリロリな感じでキャラが立っていた。あとは、ボウケンジャーの敵方で、まさかの及川奈央の登場。オレ、主演のビデオ持ってるし。モザイクなしだし。あははははー。

...というよな会話で団らんする我が家ってどうよ。ピース。

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女王のブログ」で台湾のフォロー記事が続々と。どうか書かれませんように。

<memo>
・2時間年休とって、ハナの「きこえの教室」。先生へのデレデレぶりに赤面。
・祭補助の準備、各企画の準備など。課内面接。
・「1Q84」第11〜14章。

しのぶちゃん

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著名人を活用して、出身地のPRに一役買ってもらう...なんてーのは、よくあるニュースだ。なにせ地元のスターであるから、「わが故郷の代表として」頑張って貰わねばならない。観光大使だの、ふるさと大使だのという名前を与えて、「ひとつその、よろしく」というわけだ。

ところが、本当の著名人というのは当然ギャラというものが発生する。本人の気持ちに関係なく、所属事務所のルールがある。また、発信力のある著名人ほどギャラは高いわけで、ローカル的には「せっかく地元のスターなのに...」と歯がゆい思いをすることになる。

たとえば、熊本県の「スザンヌ宣伝部長」には、ちょっぴり驚かされたが、就任数ヶ月で、●千万円がかかったという噂だ。確かに随分と話題にはなったのだが、目的とするところの熊本県の観光振興とか、物産振興がどんだけ進んだのか、という費用対効果を考えるとはてさてふふーん...。

となると、あとは、無名の新人時代から手塩にかけて育て、よしんば有名になったら、恩返し的に、特別の格安にて「ひとつその、よろしく」というのが望ましい。そんなわけで、未来の宮崎県を背負って立つ「観光大使候補生」として、この子らを育ててみたい。


...って誰だ、「期待うっす〜」とか言うヤツは! ちなみにしのぶちゃんの本名は「大竹しのぶ」。どうだ大物になりそうっぽいだろう...。

<memo>
・社長との協議。戦略の話にはのってこず、どうでもいいよな(?)雑談で盛り上がる。ひょっとことかチキン南蛮とか。
・祭のコンペ準備。通販ロケ協議。
・修理に出した自転車が帰ってきた。ハナのお迎え。
・「1Q84」第9〜10章。

シンフォニエッタ

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ある本(笑)の1行目に、「曲はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』」という表記が出てくる。タクシーのFM放送で流れてくる、という設定だ。通常ならば、するっと読みとばすところだ。ところが、その後、この曲が、さまざまな場面で引用される。

たとえば、第3章では

 心臓の鼓動が聞こえる。その鼓動にあわせて、ヤナーチェックの
 『シンフォニエッタ』、冒頭のファンファーレが彼女の頭の中で
 鳴り響く。

なんてな風に。これはとても重要な引用としか思えない。

さて。現在はいろいろと便利なものがある。Youtubeやら、AmazonのクラシックCDの「試聴」機能やら。これで、おおよそのイメージが掴める。なんて便利な世の中なんだ。

唯一残念なことは、CDのほとんどが「在庫なし」な状態なので、キチンと聴くことができない。今オーダーしても届くのは2週間ぐらい先、ということだ。ううむ。Amazon、商売のチャンスを逃しているぜ。...と思いつつ、「再読時」のBGM用に、一応CD1枚発注しますた。

そんなわけで、CDが届くまでの間は、動画や試聴を繰り返し聴いてイメージを膨らませるのら。♪ぱららーらーららら

<memo>
・書類、メール、宿題の山。
・社長協議資料(M社関連も)、テレビ通販段取など。
・「1Q84」第5〜8章。

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