またもや広告?の話。
公務員というのは、原則として、法と予算に基づいて仕事をする。法は、住民たちの合意の上でつくられた「社会ルール」であり、予算は、住民の代表たる議会で承認された「みんなのお財布」である。ぼくらは、そういう大多数が「OK」と認めた「社会ルール」の範疇で、使い道の「OK」を貰った「みんなのお財布」を拠り所にしながら、堅実にひとつひとつその事務を処理して、社会活動の一部を担っている。
逆に言えば、法と予算という拠り所がなければ、なかなか動きづらい仕事でもある。だって、それはみんなの「OK」を貰ってないということだから。
そのこと自体は全く「正しい」ことなのだが、長年その世界だけで動いていると、なかなか自由な発想ができなくなってしまうような気がする。「なぜ我々がその仕事をやらなければならないのか」という問いの答えを、法や予算に求めてしまうのだ。たとえば、それは「喜ぶヒトがいる」だとか「元気がでる」だとか「わくわくする」ということが行動原理になりにくい体質になっちゃう、ということなのかも。
まあ、これは公務員に限ったことではないのかもしれない。企業であれば、利益が拠り所だろうし、個人であれば家族に縛られるのかもしれない。その壁の外側へ逃れられない。でも、ちょっとしたきっかけだとか、ほんの少しの勇気とか、出会いだとかによって、壁一枚を隔てた外の世界に踏み出すと、案外、広大で居心地のよい世界が待っているんじゃないか。
...なんてな大仰なことを考えたのは、今日、知人のMさんから「OFF COMMERCIAL」の存在を教えてもらったから。なんとクリエイター側から企画し、企業に提案して、しかも自腹で!つくるCMなのだ。面白いなあ。CMは、スポンサーの依頼を受けて作るもの...という「広告社会のルール」をスルリと通り抜けて、壁の向こう側へ行っている。佐藤雅彦の「勝手に広告」のようなアート(ジョーク?)ではなく、純粋・真っ当・正面突破な広告なところが素晴らしい。
広告はまだまだ自由になれる。
[memo]
・常任委員会には入らず、デスクワーク。M氏からの有り難い申し出。M新聞の企画。G社支払事務。O社契約事務。予算配分協議。仕様書案協議。20:30。

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