清志郎が死んだことがなかなか受け入れられない今日この頃。ナンシー関の死と同じように、長い時間をかけて、少しづつ消化していくしかないんだろう。でも、佳祐とか達郎とか春樹とか今日子も、いつかは死んでしまうのね、とか改めて考えてしまっただ。40とか50とか江戸時代なら老齢だったんだっけ。
「グラントリノ」のウォルトは、大工道具を揃えるように、小さな、でも確実な日々を積み重ねて生き、最後に然るべき人物にすべてを委ねて、人生をしまう。素敵だ。清志郎とかナンシーのように、第三者に影響を与えるような「日々の積み重ね」をするかどうかはさておき、自分のなかでキチンと蓄積されるような「日々の積み重ね」を、ぼくはしているのかなあとか考えた。
ベランダで心地よい風にふかれてワインを飲みながら(脂肪は蓄積してるっぽい...)。
・凝りもせず、潮干狩りwithケータツ。実弟ファミリー、親父と。3時間頑張って、12個。ううむ。同じ時間帯に来て、100個ぐらい見つけた人たちも。要領がわからん...。
・午後はだらりんこ。

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