高度難聴のハナ社長が、小学校に入学するまで残り1年半となった。
この1年半近くの間で、補聴器を入れ、レベルの微修正をしたことで、彼女の言葉数はどんどんと増え、日々の生活における積極性も出てきている。まさに補聴器が、彼女の生活を大きく変えてくれたのである。
だけども、それはハナ社長のなかだけのことであって、「口が達者」になってきた同級生とのレベル差はむしろ広がってきている。同級生の言語学習のスピードに、ハナ社長のスピードが追いつけないのだ。このままでは、とても普通の小学校生活を送れるレベルには達っせそうもない。
今、市の発達支援センターで週1回・1時間の言語支援と、月に2回の音楽療法に通っている。それぞれに充実したプログラムではある。だけども、1年半後の大変さを「実感」として想像できる今、もっとぼくら自身が学ぶべきだと言う気持ちになってきた。んで、今日、意を決して聴覚支援学校に行ってきてみた。
「聴覚支援学校」とは、今年の3月までは「聾学校」と呼ばれていたところである。ぼくら自身は、「重度の障害児」のための学校というイメージがあった。だけども、実際には、新名称のように、聴覚に障害がある子を支援するための学校であって、生徒のみならず、外部の子供たちにも、さまざまなプログラムや支援体制が用意されていた。
ハナ社長は、「低音」はかなり聞こえるけれど、「高音」の情報が「ほとんど入らない」という状態である。高度難聴ではあるけれど、障害のレベルはそれほど高くはないとも言える。補聴器などで多少は補正ができるということもあって、親であるぼくらは、「高音をできるだけ入りやすくする」ということばかりに気をつけてきた。だけども、今日、学校の施設を見て、子供たちに触れて、先生と話をするなかで、「映像」の情報によって、「音」だけでは不足している情報を、補足してあげることも重要だということを学んだ。
たとえば、「かき」と「たき」という言葉の場合。ハナ社長は高音が聞こえないので、子音が判別つきにくい(特にサ行やタ行)。したがって音だけでは全く同じように聞こえてしまう。ハナ社長は口の動きを観察しているが、「かき」と「たき」は、口の形がまったく同じだから、これだけでは判別できない。ところが、そこに指文字(手話)を足してあげることで、「かき」や「たき」がはっきりと判別することができるのだ。
これは、自転車に乗れない子が「補助輪」を付けると、曲がりなりにも「乗れる」ようになることに似ている。つまり、手話などの技術が「補助輪」となるのだ。
なんとなく、手話を覚えること=ハナ社長は音声ではコミニュケーションがとれない子と認めること...というようなイメージを持っていた。もうこれは親として、まったく認識がなってなかったな。これから頑張って覚えるよ。
そうそう。この学校に在学している小学部4年生の子がとても印象的だった。手話を交えながらではあるけれど、かなり明瞭に「音(声)」でも会話ができていたのである。ハナ社長が目指すべきは彼女の姿だなあと思い、少し希望が見えてきた気がした。
この学校は、ぼくらの住む街からはちょっと遠い。通うのは少し大変かもしれない。でも、ここで学べることはたくさんあるような気がする。まずは、月に2回ぐらいの「通い通園(幼稚園部)」からはじめてみよう。頑張ろうな、ハナ社長。
<memo>
・社内プレゼン 社長にはウケた
・聴覚支援学校 ミヤタっち。朝は音楽療法も。
・ローカルテレビにモロ映り。あーあ。

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