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08年08月の与太話

08.08.30 闇の子供たち



梁石白(ヤン・ソギル)著「闇の子供たち」を読んだ。

阪本順治監督の新作(現在公開中)を見た友人が、その内容に打ちのめされた様子で熱く語っていたので、即効、原作本を手に取ったのだった。

描かれるのは、幼児売春、幼児売買、そして臓器売買。舞台となるのは、"Amazing THAILAND"こと、タイである。世界のリゾート地の裏側にある壮絶なる貧困。

「東南アジアには、”そのようなこと”があるやもしれんなあ」と、「漠然と理解」していたつもりのことを、梁石白は、「”そのようなこと”とは、こういうことなのだ」と、目を背けたくなるほどの執拗さ、グロテスクさで描いていく。

幼児性愛(ペドフィリア)と言っても、幼児を「愛でる」ようなソフトなものではなく、ここで描かれるのは、幼児を「モノ」としてしか扱われない凄まじい「性」である。読んでいるのさえ辛い場面が多々ある。ヒトはここまで醜いことができるのか。

これは小説で、21世紀の現在、”そのようなこと”があるわけがない。…そう思いたい自分の「甘え」すらも、物語のリアリティが打ちのめしていく。

きっと世界には、”そのような欲望”があるし、”そのような行為”も行われているのだろう。そう、「はっきりと理解」できてしまう。すごい小説だ。はあ。

…でも、「理解」って何だ?

物語のラスト(映画とは異なるらしい)で、梁石白はその問いを真っ正面から投げかけてくる。とても痛い問いだ。どれだけ「はっきりと」「理解」したって、何の解決にもならないのだ。ああ。



ところで、映画版では、江口洋介演じる新聞記者・南部や、宮崎あおい演じる音羽恵子が主人公のようだ。うーむ。ってことは、随分内容が違っている感があるなあ。

視点を日本人に集約し、”そのようなこと”にリアリティを持たせようとしているのだろうか。…だとすれば、物語が随分矮小化されてやしないか。ちょっと心配。



そんなことを考えながら、写真集「浅田家」を眺めていたら、不思議とこの「呑気さ」が、ものすごーく貴重なもののように思えてきた。ただのバカ一家(誉め言葉)なんだけども。

写真集「浅田家」。いい本です。




08.08.26 コンペティション


今、うちのセクションはコンペ真っ盛り。

発注側なので、続々と作品・企画書が届いており、これから審査の日々が続く。提案側は、たぶん徹夜して仕上げてきたりするんだろう。実際「2日寝てません」なんて同情に訴えるプランナーもいたりする(苦笑)。お疲れ様です。

だけども、その努力と裏腹に、こちらの期待するレベルのものがなかなかあがってこないのが悩ましいところ。説明会を開催し、コンペの趣旨をこんこんと解説しても、一目で「だーもう、全然わかって貰えてねえ〜」と脱力してしまうこともしばしば。

無論、我ら発注側にも大いに問題があるのであって、何しろ予算がとても少ない。小粒で手間ばかりくうような仕事のオンパレード。提案側も全然、モチベーションがあがらないのかも。申し訳ないな。

まあそうはいいつつ、最終的には、いいものに仕上げていかなくちゃならないわけで、当選案を決定した後に、発注側・提案側が一緒になって、根気強く粘り強く、徹底してブラッシュアップしていくしかない。ふぅ。頑張るべ。



今日の夕食後に食べたスイカは妙に熟れすぎていた。もう、夏が終わるなあ。なにせ生産者と直結(家人の実家で作っている)で、毎年10玉以上は軽く食べる我が家だったりするので、味覚の変化で感じる秋の気配なのである(単に食べきれなくなってきただけだったりして…)。



宮宮コンビの件で明日から上京。何だよ宮宮コンビって。盛り上がってくれるといいんだけどなあ。




08.08.25 DARK KNIGHT



夏休みがロクに取れぬママずるずると8月後半。

休もうと思うと、抜けられない打合せが入り、どうにもならない週の真ん中で半日ぽっかり時間が空いたり…。いかんな。休み下手になっている。

先日、マウイ島から帰ってきた友人が、「海外に行くとたった4日でもそれなりにリフレッシュできるけど、やっぱり10日は欲しいし、10日休めるのなら、別に日本でも構わない気がする」と言っていた。

まあ、自営業の方や、農家の方からすれば、「連続10日休みなんて、サラリーマンの戯言」と思われるかもしれないが、実際、長期の旅行から帰ると、なんだかモリモリと仕事に対する意欲がわいてきたりするのだから、むしろ自営者こそ、率先して休んでみてはどうか、と思ったりもする。

…なんてヒトの心配してないで自分だよ自分。

4月以降、新しい企画ばっかり考えていることもあって、少し煮詰まり気味な今日この頃。とりあえず大きなイベントが終わったときに「お疲れさん旅行」を考えるとして、当面は、自分を追い込むことが必要な時期だと割り切るしかないかな。



…なんて言いながら、レイトショーなんていう技を使って、遅ればせながら、「ダークナイト(DARK KNIGHT)」を見てきた。

バットマンシリーズの第6作。シリーズとはいえ、タイトルからバットマンが消え、かなり独自の世界観が構築されている。とても子供が見るような勧善懲悪なヒーロー映画ではなく、哲学的な要素を多分に含んだりもする「とても大人」な映画だった。

これまで、バットマンシリーズは全作見ていて、第1・2作を監督したティム・バートンのものが圧倒的に素晴らしいと思っていたけど、ちょっとこれは別格。

あんまり凄いので、本作の指揮をとったクリストファー・ノーラン監督の前作「バットマン・ビギンズ」(第5作)を、あらためて見直して見てみたりもしたけれど、こっちはやっぱり「それなりに面白い映画」の域を出ていない。やはり第6作だけが特別なのだ。


で、「ダークナイト」の何が凄いのかというと、もちろん、さんざ言い尽くされているようにヒース・レジャーの壮絶な演技によるところが大きいのだが、その対極にある、マイケルケイン、モーガンフリーマン、ゲイリーオールドマンといった名優たちの「淡々とした演技」もまた、タイトルである(ダークナイト)の悲しみをより鮮烈に炙りだしているところである。

「ジョーカー」の存在に、戦慄を感じるのは、それがゴッサムシティという特殊な街の出来事ではなく、我々が暮らす「淡々としたリアルな世界」の延長上にあると感じられるからだ。

もちろん、何のかんの言っても最後はやっぱり「バットマン」であって、アクションや音響、小道具の使い方なんぞは完全ヒーローものだったりするわけで、それはそれで「緊張の中の安堵」が生まれたりするシーンとして効果的であり、エンターテイメントとして、実にいいバランスとなっている。

うーむ。これは久々に映画館で見直したい映画だなあ。




08.08.19 ラン



森絵都の新作「ラン」。

なぜか、ここのところ「一瞬の風になれ」「ランナー」と女性作家による「陸上もの」が続いていたわけだが、この「ラン」は、実に森絵都らしい独特のファンタジックな世界観のなかで、不思議なリアリティを持って、「走る」という行為が語られている。とても素敵な物語だ。特に、マラソンランナーは必読だな。

「走る」といえば、8月からようやく本格化してきたぼく自身の「走り込み」である。ちょっとずつだが、練習を積み重ねてきた。走る距離は、4kmから始めて距離を伸ばし、今は、8kmまで伸びた。タイムも、キロ7分近くから始めて、キロ5分46秒まで辿りついた。状態としてはすこぶる良好である。

…なのに、どうにも「走る」ことが、「日常の一部にならない」「習慣化しない」というのが目下の悩みだ。今に始まったことではないが、「準備〜ラン〜クールダウン」という一連の流れに最低限必要な「90分」の時間を捻り出すことができない。

毎朝4時半に起きれば、朝食前のラン、という「日常」を作り出すことができるのだが、朝が苦手なぼくにはどうにも続かない。だからと言って、週末だけ散発的に走っているだけでは、昨年と同様、目標をクリアできないということになりかねない。うむ。

つーことで、しばらくは「退社後の夕食までの時間」というデッドゾーンを開拓してみることにする。通常、帰宅時間というと、「晩ご飯」やら「子供と風呂に入る時間」にぶつかってしまうわけで、何らかの一工夫が必要だな。…たとえば、ノー残業で自宅直帰とか。うーん、早起きするよりハードルが高い(泣)。せいぜい頑張れよ自分。



それはそうと、「iMac」はやっぱり楽しかった。大画面の迫力、わくわくするソフト、WinPCにはない魅力が満載だ。無理して大枚はたいて良かった。

とはいえ、今回は、マックへの全面乗り換えなので、遊ぶ前にやらなくてはならないことが多い。まずはデータの移行である。

昨夜も、WinPCに入っている「iTunes」のデータ(約4,000曲)をイッキにiMacに移行した…と思ったら、約1/4ぐらいがエラーになってしまい、やむなく修復(再読み込み)作業に突入。1曲ずつのリカバーなので、クリック回数がハンパでない。3時間ぐらいひたすらにクリッククリッククリック…。腕が攣りそうになっただ(泣)。

膨大にふくれあがっているデジカメの写真も、これを機にキチンと整理したいところだ。できれば「ただ撮り貯めているだけ」の動画もどうにかしよう。うんうん。

ああしかし、何はさておき、「海森堂」の移行が最重要課題かも。何せ、打ちっ放しのテキストデータ(しかも無秩序)が7年分である。考えただけで気が遠くなる〜。




08.08.14 Mac Life



ついに…というか、やっと…というか、念願の「iMac」を発注するに至りますた(泣)。基本スペックはこんな感じ。

24インチ
3.06GHz Intel Core 2 Duo
4 GB 800MHz DDR2 SDRAM - 2x2 GB
500GB Serial ATA Drive

ハードディスクが心持ち寂しいけれど、いずれ1TBの外付ハードディスクをバックアップ用で導入するから、当面は十分な容量だと思ふ。

これで、プリンタを買い、アドビのパッケージソフトを入れたら、「デザインオフィスごっこ」の準備は万端である。うぷぷ。今年の賀状は、Macで作ってみよう。

…とはいえ、当面は、windowsからのファイルの移行や、雑然としている山のようなファイルの整理作業に随分手を取られるのだろう。まあ、それも慣れるための儀式のようなもの。過程を楽しもう。



思えばこの決断に至るには、随分と時間がかかった。

Winマシーンですら、自在に使いこなせてないのに、頼れるマックユーザーもない中で、完全移行することへの不安。

住宅ローンの負担大幅増で家計の余力がなくなるときに、「ぼくだけしか使わない高額商品」を購入することの後ろめたさ。

そして何より、導入の目的が「何か面白そうじゃん」という身も蓋もないよな説得力のなさ。

まあ、新築で○千万の借金を背負い、金銭感覚がおかしくなった今のタイミングをおいて、家人の了解を得ることは難しかったことだろう。(つか、了解取ってないけど…)



さてこれでいよいよ憧れの「Mac Life」が始まるわけだが、大袈裟に言うならば、これをひとつのキッカケとして、「とりあえず主義」におさらばしようという裏テーマもあったりする。

「とりあえず主義」とは、「まあ、いろいろ課題はあるが、とりあえずこうしておこう」という「仮の結論」を出してしまうことだ。いつまでも結論が出せずに、悶々とするのが嫌いなので、さっさと処理してきたのだが、「とりあえず」ということは、「詰めていない」ということでもある。

たとえば、片づけ・整理整頓を例に取ってみる。散らかった机の上を見て、「とりあえずこの書類はこの引き出しにしまっておこう」という「仮の結論」を下す。何もせずに散らかったままの状態よりは、明らかに改善されている。だが、実は「この書類はどう整理するのか」という最終結論に至っていない。

むろん、「最終結論」と言っても、何事においても「現時点での」という条件はつく(たとえば、書類をキチンと整理してファイリングしても、時間がたてばリファイル、もしくは廃棄ということがあるように)。

それでも、常々、現時点における「とりあえず」の判断しかしないことと、キチンと熟考し「最終的な」判断をすることでは、時間がたつにつれ、また蓄積が重なるにつれ、大きな差となってくる。これは覚悟の差、みたいなものかもしれない。

「すべからく、とりあえず、で済ましているなあ」というのは、家を新築した際に、あらためて気づいたことだった。「基地(ベース)」がしっかりしたことで、その中身を「ちゃんとしよう」という意識が芽生えたのだ。

生活の基地は「家」であり、情報の基地は「PC」だ。理想のハードが揃ったのだから、理想のソフトを整備しようという気になる。まあ、そういうことだ。



そんなこんなで、この夏は、かなりポジティブな「引き籠もり」になるんであった。




08.08.10 サッちゃんのこと



その昔、ある大きなプロジェクトを任されていた際、臨時スタッフとしてぼくのフォローに付いたのがサッちゃんだった。ぼくより、4つ年下で、それなりの社会経験もあり、宮崎の女性としては珍しくモノゴトをハッキリ言うヒトだった。

そのプロジェクトは、タイムスケジュールがカツカツで、期日内に、土地を借りて、建物を建てたり、その道のプロを多数雇ったり、数千種類もの備品を買わなくてはいけなかったりして、ぼくら2人で、やんなきゃいけないことが山ほどあった。

だから、サッちゃんは正社員ではなかったけれど、いくつかのジャンルを丸ごと任せることにした。大きなプレッシャーを感じる様子もなく、彼女は、ぼくから渡された書類の山を楽しそうにめくりながら、嬉々としてそのプロジェクトに参加してくれたものだった。


…あれから、3年半。サッちゃんは突然、逝ってしまった。

プロジェクトの終了後間もなくして、結婚し、そして第1子をもうけた。難産だったと聞いた。そして、第2子に挑戦していたのだという。が、いよいよ出産となったとき、トラブルが起きてしまい、子供と伴に亡くなってしまった。

もし、トラブルを乗り越えることができていたなら、新しい家族を迎えて、賑やかで楽しい日々が待っていただろうに。何ということだろうか。


お通夜の会場には、あのプロジェクトの完成祝賀会で配られた記念品が大きく飾ってあった。御両親によれば、このプロジェクトに参加できたことをよく自慢していたという。実際、彼女が手がけた部分は、ほとんどそのまま、導入されたし、彼女の参加がなければ、今の「成果」はなかったと思う。

プロジェクトが終わってからは、1〜2度、立ち話をした程度だった。あまりに、残念なニュースで、何とも言い様がないのだが、彼女のジンセイの、とても楽しい想い出の一部を共有できたことが、せめてもの慰め、なんだろうか。

合掌。




08.08.09 ポニョ



家人の携帯の買い換え目的で出かけたところで、ふと、「家族みんなでポニョをみよう」と思い立ち、急遽、シネコンへ。ちょうど、宮崎市最大のイベント(?)である花火大会開催中の時間帯だったようで(あとで気づいた)、かな〜り空いていた。この時期に、ゆったりと見れたのはラッキーだったな。

*余談だが、次々と建てられる大淀川沿いのマンションの売り文句は、必ず「夏の花火大会をVIP席で」。花火目的でマンション買うか普通? でも、いそうだな宮崎市民。まあ、そのぐらい人気のイベント、ということか。



さて、考えてみると、ケータツにとっては、戦隊ヒーローものやディズニー映画などで、通い慣れたシネコンなのだが、ハナ社長にとっては、初めての映画館体験なのであった。(突然の思いつきだったので、大事な補聴器を忘れていた。すまん。)

初体験の不安も何のその、始まってみれば、花社長、超〜前のめり(笑)。体前傾姿勢を相当時間キープ。新明解国語辞典は、「食い入るように」の項に、今日のハナの姿を掲載すればいいと思う。そのぐらいの食い入り具合。

宮崎駿監督は、「バカなおじさん達ではなく、5歳の子供が喜ぶ映画を」と言っている。まさに4歳9ヶ月のハナ社長にとっては、ハート鷲づかみ状態だったようだ。まあ、冒頭の海中シーンのような、「妙に”主観的”なリアリティのある絵」を見せられただけで、目は釘付けになるよなあ。

そういえば、数年前、たまたまテレビ放映のあった「千と千尋の神隠し」を見ていたときも、当時4歳ぐらいのケータツが、まるまる2時間、身じろぎもせず、一言も喋らず、ずっと見入っていたな。宮崎駿恐るべしだ。



大人には、どうしても「大人の目線」が入ってくる。だから、たくさんのメタファーが心に引っかかったり、過去の宮崎アニメとの共通項を見いだしたり、声優のキャスティングに唸ったり、いろんな「雑念」が浮かんだりもする。そういう「知識」があるんだから、やむを得ない。

それでも、あえて「5歳の目線」で、わーくわく、どーきどき、して楽しんだ方が正解なのな。だってそのように作られた映画なんだから。

そういえば、後半に実に印象的なシーンがあって、「大人」の自分的には、ちょっと狼狽えた部分があった。映画を見終わって帰宅してから、先日録画しておいた「NHK プロフェッショナル〜仕事の流儀〜宮崎駿スペシャル」を見たら、そのシーンには、監督の母への思いが込められていたのだという。なるほどな。至極納得。

つまりは見終わった後、「大人の目線」で、また違った楽しみがあったりもするなあ。ふむ。いずれにしても、とても面白かった。



それはそれとして、ポニョを見た帰り道、家人が突然「ラーメン食べたいね」と言いだした。普段は圧倒的に「うどん派」な我が家だけれど、全員がそのナイスな意見に賛同した。コンビニでチキンラーメンを買ってきて、家族みんなで食べた(夜の10時過ぎなのに…)。そして、もちろんタマゴとハム入りだ。

うちの家族は、とってもバカで、とっても素敵だ、と思った。



あと、チャン・イーモウの北京開会式。

色づかいや、空中浮遊といった「らしさ」に加え、共産党チックな「人海戦術」な技が効いて、「(近代)中国らしいオリンピック開会式」になっていたと思う。石岡瑛子の衣装に、ため息。「今の中国のイキオイ」が画面から溢れていた。

ふり返って、我らが東京オリンピックはどうだ。一体誰が総合演出をやるのだろう。いつまでも、浅利慶太じゃあるまいに。まさか三池崇史…?

…という心配は開催が決まってからでいいですかそうですか。




08.08.06 三谷幸喜は、今、何を思うのか。


三谷幸喜は、今、何を思うのか。

BRUTUSってすごい。この貴重なインタビューを、Webだけで公開するなんて、なんて懐が深いというか、勿体ないというか。本誌より、よほど「素」の三谷幸喜が垣間見れる。

特に、「ザ・マジックアワー」のパブリシティを巡る一連の「テレビに出過ぎの三谷幸喜」について、本人が語っている部分などは、「すでにブームは過ぎたけれども、どういう仕掛けなら注目されるのかを考えている者」として、ものすご〜く共感できたりする。

ますます三谷幸喜が好きになった。



女。京大生の日記。」を巡る”論争”も、もう終わりか。

コトの発端は、京大生の女子が自分のブログで、自分は「高学歴=エリートである」という認識のなかで、希望する会社から内定が貰えないことに対して、「没落エリート」だと悲観してみせ、「個人の問題ではなく社会の問題」と書いたことである。

これに、アルファブロガーの小飼弾氏が、「死ななきゃなおらないバカ」と噛みついた。そして、それに呼応するように多くのコメントが寄せられ、ぷち「祭り」と化したのである。

寄せられたコメントには、案外面白いものが多く、読みいってしまっただけでなく、思わず、本田由紀東大準教授と爆笑問題が議論している動画までチェックしてしまった(ヒマだな〜)。…のが、かれこれ3日ほど前だった。

ここまでは、まあ面白かったのだが、そのあと、京大生が更なるコメントを書き入れた(8/3付)のは頂けない。イッキに興味は失せてしまっただ。だってなあ、たかだか論争数日目にして、「舞台裏」みたいな「言い訳文」を書いてしまうのだもの。がっかりだよ。

とはいえ、ハタチそこそこで、「祭り」をしっかり受け止めた上で、これだけの文章が書けるということは、間違いなく「頭はよい」学生さんではある。どうか、この京大生には、この小賢しさを乗り越えて、立派な社会人になってくれるとよいと思った(…と、賢くない非エリートは、何の考察もなく通り過ぎていく…)。




08.08.05 キムチ御飯


夕食時の出来事。

家人が、「うちのキムチと納豆を、御飯にかけて食べるのはなかなか旨い」というので、試してみた。お。ちょっと酸味の強いキムチが納豆でほどよくマイルドになり、旨味も増す感じだ。確かに旨い。

ついつい、食が進んでしまい、小さな瓶に入った最後の白菜までキレイに平らげてしまった。

ふと気がつくと、カラになったキムチの瓶を、じっと見つめる家人の目があった。ぼくらも結婚して早10年目。およそ考えていることはわかる。

ぼく「確かにこのキムチの汁はもったいないね。」
家人「…。」
ぼく「瓶に御飯を入れたら、美味しく食べれるよ」
家人「…。」
ぼく「大丈夫。そのぐらいで愛は冷めないから」

家人、途端にニンマリ。さっそく御飯をたっぷりとすくって瓶の中へ。そして瓶の中に残った赤色のタレと混ぜていく。すっかりと赤く染まった御飯を、再び茶碗に盛る。

すっかり得意気な表情となった家人がこうのたまった。

「ケータツ。これ、チキンライスだよ(チキン抜きの)。」

…。

…。

ケータツ「※△■×♂◇……カラーッ!」


ちょっと愛が冷めた気がする。



8/5 5.0km run  (73.4kg)




08.08.04 賛成の反対なのだ


「月刊真木よう子」の写真をいつまでも、ここに載っけておくのはどうかと思うマンデーモーニン。海森堂は、宮崎県の政治・経済を考える社会派サイトです(えーっとどこらへんが?)。



金曜日に年休を取って、「3連休」をたっぷり休んだ。のんびり過ごしたこともあって、意欲充実。今週は、溜め込んだ仕事をイッキに片づけるweekにしよう。



巨匠・赤塚不二夫が逝去。

フジオ・プロダクションのサイトに、先日亡くなったばかりの眞知子夫人のブログ「これでいいのだ!」がある。読んでみたら、ログに「超大物さま二人がやってきた」という記事があった(6/1)。

こういう記事に、なんだかとても和んでしまう自分がいる。一時的なものでなく、細く長く続く友情、みたいなものに憧れるのかもしれない。どんな立場になろうと、どんなに離れて暮らしていても、気持ちが「ずっとそばにいる」という関係は素敵だ。

これでいいのだ。

(…と書いてふと思ったけれど、昨日から今日にかけて、この台詞ってどれだけの記事・ブログに書かれたことだろう。この無条件なポジティブさ加減は、今さらながら、すごい台詞だな、と思ふ。合掌。)




08.08.01 新築披露→マラソン



7月は、新築披露マンスで、延べで言うと80人ぐらいの来客があったのだが(我ながらすげーな)、お祝いで頂いたのは、すべて「食べ物」か「酒」か「現金(会費)」であった。だって「カタチが残るモノはいらない」って言いまくったから。

8年前、中古住宅を買ったときのこと。当時の職場の同僚らから「新築祝をあげるから何がいい?」と聞かれた。

特にコレというものが思いつかず、さんざ悩んだあげく、「自分では買わないけど、あるといいかなあと思っていたモノ」として、「アイスクリームメーカー」と「シェイカー」を頂いた(今思うと、なんとも「迷走」したチョイスだな)。

そして、もうこれが見事なまでに使わなかったんである。バニラ味のアイスクリームを一度だけ作った(あまり上手に出来なかった)。カクテルは一度も作っていない。所詮、身銭を切らずに手にいれたモノはダメだ、と思い知った。

そんなわけで、今回の披露会では、「祝い事とか意識せずに、みんなでワイワイ楽しめればいいじゃん」と思ったんである。

でも、8月になってから気がついちゃった…。実は、とっても欲しいモノがあったのだ。みなさん、今からでも十分間に合います。お願いですから、どなたか「新築祝」ください。

もしくは、「月刊真木よう子」。ネットで15,000円から。もしくは、「週刊真木よう子(DVD BOX)」でも可。

ドゾ、ヨロシク。



8月といえば、いよいよマラソン強化マンスに突入である。秋からのシーズンに向けて本格的に走り込まなくてはならない。

「RUNNET」でも受付が始まったので、さっそく、綾照葉樹林マラソン(10/26)と、青島太平洋マラソン(12/14)にエントリーをした。

(目標)
綾のハーフは、2時間を切ること。
青島太平洋は、4時間を切ること。
頑張れ自分。

つか、その前に、まずは体重を60kg台に落とすのが先決。2月にハーフマラソンを走って以来、半年間、ずるずると「脂肪」を身にまとってしまった。今朝も、ちゃんと走ろうと思っていたのに、体が重すぎて歩くのが精一杯。うひゃー。これはかなりヤバ目だわ。

ちょっと、ストイックにいこ。